ラムソーダ
「いつものやつね」
と、彼はカウンターで言った。出てくるのは、ダーク・ラムのソーダ割りにライムを絞った「ラムソーダ」だ。外資系の会社に勤め、高級外車を乗り回す彼は、このカクテルが大好きだった。
知り合った頃、彼はめちゃくちゃ優しく、紳士的だった。ラムソーダを飲みながら出てくるのは、「君のような素敵な女性と出会えたなんて、夢みたいだ」なんていうアメリカ仕込みの歯が浮くようなセリフ。いつも「女性を守らなければいけない」とか、「レディーファースト」などと言って、リベラルなフェミニストを気取っていた。
だがつきあってみると、とんでもないことになった。彼は、とある高級住宅街のゴージャスなマンションに住んでいて、週末になると私を呼んでくれた。初めはシャンパンなど開けていたが、そのうち徐々にワガママになって、私にメシをつくれとか、洗濯をしろとか、掃除をしろとか、さらに、オレの肩をもめだの耳掃除をしろだの言ってくるようになったのだ。しかし、その要求は巧妙にエスカレートしたため、私は彼の変化に気づかなかった。それどころか「ラムソーダを飲んでいた彼」こそ本物だという恐るべき幻想に支配されていて、現実の彼が見えなくなっていたのだ。
私が突然病気になって動けなくなった時、彼は看病するどころか別の女をつくって、逃げるように去って行った。バカな私は、これでようやく目が覚めた。彼はラムのように一口飲むと甘いが、ソーダの泡のように軽薄な男にすぎなかったのだ。