酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/萬世

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日本三大砂丘の一つである鹿児島県の吹上浜は、薩摩半島の東シナ海側ほぼ全部といっていいほど長い。全長47キロもあり、一続きの砂丘としては日本一である。この吹上浜の南端、吹上浜海浜公園の中にあるのが、今回訪問した萬世酒造であった。

蔵は新しく、「松鳴館」という見学コースも備えた観光施設になっている。もともと萬世酒造は森田酒造といい、明治32年の創業。その後蔵のある場所の地名をとって萬世酒造となった。そして4年前、萬世の地を離れ、1キロほど離れた吹上浜に移転してきたという。

蔵が建っている唐仁原には「唐仁の泉」がわき、仕込み水に使われている。また、霧島市の「筒之口の水」と、下甑島の手打浜沖の深海から汲み上げられる「こしき海洋深層水」も使い、それぞれの水質や特性を生かした焼酎造りが行われている。

仕込みはすべてかめつぼ仕込み

営業課長の山下龍一さんに、さっそく蔵の中を案内してもらった。この蔵で造る焼酎は、全量かめつぼ仕込みだそうで、仕込み室には48個のかめつぼが並んでいた。かめの容量は400〜500リットルと、やや小ぶりだ(通常は600〜800リットルくらい)。

麹は自動ドラムで種付けまでしたあと、麹室に引き込んで仕上げる。麹室には麹蓋もあったのだが、現在は使われていないということだった。使う麹は白麹より、黒麹が多いとのこと。それがなぜかはあとでわかることになる。

原料の芋は、地元産の黄金千貫100%、すべて契約栽培である。「開聞岳が見える畑はいい芋ができる、と昔から言われているのです」と山下さん。南薩摩は、同じシラス台地でも、土壌が違い、芋のできも違うのだという。

この芋を蒸して、一度開放タンクで二次がけし、かめつぼに振り分ける。一次仕込みが6日で、二次仕込みは8日。麹造りに2日かかっているので、米を洗ってから16日でもろみの完成となる。

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蒸留器は木桶蒸留器とステンレスの蒸留器の2つ。木桶蒸留器には、杜氏の神渡(かみわたり)博文さんが、つきっきりで温度調節をしていた。原始的な蒸留器なので、酒度計を見ながら、水のバルブを開け閉めして調節するのだ。1回に750リットルを2時間半かけて蒸留する。午後にもう一度蒸留するので、1日に計1400リットルを蒸留している。

神渡さんに聞くと、ステンの蒸留器はネックが高く、不純物が入らない分アルコールの純度が高く、サラッとした辛口になるという。一方、木桶蒸留器は、ネックが低いので、不純物が入ってくる。そこで、雑味や甘さのある口当たりの良い焼酎になる。この2つのタイプの焼酎はブレンドせず、別々の商品になっている。

最後に山下さんが、「観光客にはここまで見せないんですが」と言い、地下室に連れて行ってくれた。そこには900〜1000リットル入りの大きな陶器のかめが並んでいた。ここに移転してきた4年前から貯蔵を始めたので、まだ歴史は浅いが、1年〜2年ものはすでに商品になっているという。移転前はスペースがなくてできなかったが、新工場になってから、かめ貯蔵の原酒を少しずつ増やしているとのこと。今後が楽しみである。

一子相伝の技


松鳴館には試飲販売所があり、セルフサービスで自由に試飲ができるようになっている。ここで私もいくつか萬世のお酒を試飲させてもらった。

まずは、白麹・かめつぼ仕込みの「薩摩萬世」から。お、これは骨太で甘い! この甘さは今まで味わったことのない甘さである。黒麹・かめつぼ仕込みの「萬世松鳴館」はもっと甘い!蒸留酒なので、糖分は入っていないはず。この甘さはどこからくるのだろう? ちなみにこの酒は、2006年の全国酒類コンクールでナンバーワンに輝いた銘酒である。

黒麹・かめつぼ仕込みで限定販売の「波濤」は、横綱の白鵬がお気に入りで、九州場所に来ると必ず飲むという酒。これは甘みがあって口当たり良く、後味スッキリとしていて飲みやすい。スタンダードの「薩摩萬世」より一般受けしそうな味だ。

木桶蒸留の「蔵多山」は、甘くて、香ばしさがアクセントになっている。モンドセレクションの金賞を受賞した「黒壱」は、紫芋を使用しているため、フルーティーで甘い香りが楽しめ、芋らしいコクとあいまって、女性にも好まれる良酒となっている。「味蔵」は、明治時代に行われていた、一次と二次の仕込みを同時に行う「どんぶり仕込み」で造られている。麹も白麹と黄麹を使い、低温発酵させたこだわりの逸品だ。これはほかの商品と異なり、甘みの中にやや酸があり、スッキリとしていた。

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「萬世」のこの不思議な甘さの正体を探るべく、杜氏の神渡さんに話を聞いた。神渡さんは、現在では数少ない黒瀬杜氏である。全国に37ある杜氏組合は、ほとんどが清酒の杜氏で、焼酎の杜氏は、鹿児島の阿多(あた)と黒瀬の2つのみ。しかも、今でも残っている阿多杜氏が3〜4人、黒瀬杜氏が10人程度ときわめて希少な存在だ。

各家庭で造られていた焼酎も、明治30年の酒税法の施行で、免許制になった。これにより焼酎蔵が生まれ、大規模に焼酎造りが行われるようになったため、黒瀬・阿多の杜氏集団が生まれた。

野間半島に位置する黒瀬は、古くから沖縄との密貿易を行っていたようで、初代黒瀬杜氏が沖縄から黒麹を持ち帰り、鹿児島に焼酎造りを伝えたと言われている。「だから、黒瀬杜氏は黒麹を使った焼酎造りが得意なのです。逆に、阿多杜氏は黄麹を使った造りが得意だと言われています」と神渡さん。「萬世」が黒麹を多用するのはここに理由があったのだ。

この神渡という名字は黒瀬独特のもの。黒瀬の歴史は古く、古事記や日本書紀には、ニニギノミコトが渡った場所として描かれている。神様が渡ったから「神渡」なのである。黒瀬の川や山の名前にも、神様に由来する名が数多くあるという。

神渡さんは焼酎造りを始めて14年目。「萬世」に来てから杜氏になった。芋焼酎の仕込み時期は8月から2月まで。その後は2月から4月まで黒糖を造ったり、宮崎や大分で麦焼酎や米焼酎を造っているという。代々黒瀬杜氏の家系に生まれ、神渡さんで3代目だ。

焼酎造りのポイントは?という問いに、「麹造りで50〜60%が決まる。あとは、仕込み温度の上げ下げです」という。「萬世」の甘みをだすためには、この温度管理がキモで、ここが黒瀬杜氏の技の見せどころ。この部分は勘や経験によるところが大きく、教科書通りというわけにはいかない。一緒に仕事をしながら体で覚えていくもので、代々黒瀬杜氏だけに伝えられている秘技である。

神渡さんは、「黒瀬杜氏の技は、夜伝えられる」と言う。「焼酎は、昼間仕込んで夜できあがる。夜は今も2人交代で寝ずの番をします。このとき味が造られるのです。誰も見ていないときにやるので、誰にもわからない。社員の人でもそれを知っている人は少ないんじゃないでしょうか」

神渡さんはさらに続ける。「辛い焼酎を造るのは比較的簡単なんです。しかし、甘い焼酎はなかなか造れない。僕も目指しているけれど、あの程度ですよ」と謙遜するが、あのたっぷりとした「萬世」の甘みは他の追随を許さないものがある。「でも、黒瀬杜氏も減ってきて、後継者はいないし、蔵にはどんどん機械が入るしで、甘い焼酎を造れる人はもうほとんどいません」と言う。ならば、今の「萬世」は実に貴重だ。

黒瀬杜氏の技が息づく「萬世」は、「少量生産ですし、大々的に売ろうという考えはありません。直販に近い形で、お客さんに直接届けたいと思っています」と山下さん。後継者のいない神渡さん入魂の「萬世」が、いつまで飲めるのか心配だが、大切に飲みたい酒のひとつである。

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萬世酒造株式会社
創業明治32年
鹿児島県南さつま市加世田高橋1940-25
TEL0993-52-0648
http://www.bansei-shuzo.co.jp/




1かめつぼの並ぶ仕込み室
2木桶蒸留器
3麹室
4神渡杜氏とともに
5「萬世」のお酒
6試飲販売所
7黒瀬より沖秋目島を眺める
8吹上浜海浜公園

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