麦焼酎「つくし」の蔵元西吉田酒造は、博多から特急で30分ほどの羽犬塚にある。駅から歩くこと10分、「つくし」という大きな看板が見えてきた。朝8時半に到着した私は、すぐに工場の中を見せてもらった。案内してくれるのは、取締役の吉田尚史さんだ。
麹の種類で造りを変える
西吉田酒造では、3000石を7人で造っている。まず原料となる麦の貯蔵庫へ。麦焼酎には、米麹をつかうものと麦麹を使うものがあるが、「つくし」は後者のほうだ。使う麦は1日500キロの袋9個分。うち3個は麹用、6個は掛け麦用である。精白メーカーにより、初めから65%に削った状態で納品されており、見ると、素人目にも、粒がそろっていて良い麦だ。
大麦の主な産地はオーストラリア。現在の日本の麦は、品質が安定せず、使いにくいのだという。 オーストラリア産の麦には、一般的な区分である食料用と飼料用のほかに、日本の焼酎用という区分が存在する。それだけ力を入れて作っている麦なので、品質がとてもいいということだった。
精白メーカーからくる麦はα化処理をしてあるので、洗う必要はない。品質チェックの後、浸漬タンクで限定吸水をし、その後、1時間〜1時間半かけて、連続蒸麦機で蒸す。麹は円板式の製麹機を使い、44時間かけて麦麹を造る。
工場にはこのほかに、浸漬から蒸し、そして麹造りまで一貫して行える回転ドラム製麹機もある。回転式のほうが、麹のハゼ込みが良くしっかりとして個性的な風味を醸す麹をつくりやすいので主に黒麹を、円板式は口当たりやすっきりとした風味を醸す麹をつくりやすいので主に白麹を造るのに利用しているという。ちなみに「つくし」は白ラベルも黒ラベルも、どちらも黒麹である。
麹を食べさせてもらうと、かなり酸味があった。日本酒の麹は甘いが、焼酎の麹は酸っぱいのである。この麹の出すクエン酸により、焼酎のもろみは腐りにくい。そのため焼酎は、日本の中でも暖かい地方で広く造られている。
酵母と麦麹を仕込む一次仕込みのタンクは6キロリットル。タンクは全部で6本である。1本のタンクには、酵母と1.5トンの麦麹とその1.5倍の水を入れる。こうして5〜7日間発酵させる。発酵温度は30度を切る程度である。一次もろみを味見させてもらったが、予想通り酸っぱかった。
二次仕込みは、一次もろみに掛け麦を加え、24~28度程度で約2週間発酵させる。「つくし」の場合、麹歩合が高いのが特徴で、通常は30%程度のところ、45%も麹を使っている。コストは高いが、そのほうが麦の香りが強く出るのだという。二次もろみも味見させてもらうと、基本的に酸っぱいのだが、掛け麦後2日目だったので一次もろみよりは甘かった。麹菌の酵素が麦のでんぷんを糖に変えるので甘かったのだ。また、もろみは徐々に発酵しアルコールが増えてくると、酸味が薄く感じて甘味を感じた。
蒸留器は6キロの減圧用と、2キロの常圧用の2種類がある。一台で減圧と常圧の両方できる蒸留器もあるが、蒸留の精度を高めるためには専用の蒸留器を使用した方が良いという。ちょうど減圧の蒸留中だったので、圧力計を見ると、ほぼ真空に近い状態だった。蒸留温度が30〜40度なので、蒸留器に触ってもそんなに熱くない。これが常圧になると、100度近くで蒸留することになる。
減圧蒸留した原酒はマイナス2度まで冷やし、濾過をする。そして外のタンクで最低3ヶ月寝かせてから出荷となる。さらにトンネルでのカメ貯蔵や、木樽貯蔵に回る原酒もある。「つくし」には、カメ貯蔵した5年古酒が配合されているので、よりまろやかな味わいに仕上がっている。
分析室へ行くと、尚史さんのお兄さんで専務の元彦さんが、新しい試作品の試飲をしているところだった。「白ラベルの『つくし』は減圧蒸留でオンザロック用、黒ラベルの『つくし』は常圧蒸留でお湯割り用、と個性がはっきり分かれていますが、家庭でその本当の味わいを引き出すのは難しい。だから今、お湯割りでも水割りでもロックでもいける、ポピュラーな商品の開発中なんです」と元彦さん。
先代社長のお父さんが亡くなって、今はお母さんが社長になっているが、実務は元彦さんが取り仕切っているようだ。酒質を決めるのも、元彦さんの仕事。この後、別室で試飲をしながら、元彦さんにお話を伺った。
どの酒も個性的だが、食事を邪魔しない
九州には、清酒メーカーから焼酎メーカーに変わった酒蔵が多いが、西吉田酒造は、もとから焼酎専業だった。明治期には吉田家の本家すじが清酒を造っていて、その粕をもらって粕取り焼酎を造っていたらしい。麦焼酎を造るようになったのは、昭和50年代のこと。それも、自社ブランドの焼酎は少なく、原酒をいろいろなメーカーに供給していた。
「焼酎の場合は、『こんな原酒を造ってくれないか』というオーダーを受けて、要望に合った原酒を造ることがある。だから、ウイスキーのシングルモルトを造る感覚と似ています。原酒メーカーなので、造り分けのノウハウはある。だから、うちの焼酎はどれも個性的ですよ」と元彦さん。
では、さっそく飲んでみよう。まず「つくし」の白ラベルから。甘い香りと甘い味のやさしい酒だ。水割りにするとさらに飲みやすくなり、料理を邪魔しない。でもお湯割りにすると、なんだかスカスカな感じになってしまう。「だから、白ラベルはロックか水割りをおすすめしているんです。前割りにして冷やしておくのもいいですね」
「つくし」の黒ラベルは、香ばしい香りにコクがあり旨い。常温で飲むと、後味が少し渋いのだが、お湯割りにすると後味が軽くなり、さらに旨くなる。「つくし」の全麹は、香ばしくておいしいし、甘みもある。さらに「つくし」よりもっと味と香りを出すような蒸留方法にし、あえて濾過をしないで造った「釈云麦(じゃくうんばく)」を飲ませてもらうと、これが激ウマ! お湯割りにするとますます厚みが出て旨い!
「減圧蒸留は30度くらいで蒸留するので、冷たくして飲むと、口の中でポッと開く感じになります。反対に、常圧蒸留の蒸留温度は80度くらいなので、お湯割りにしてあげると合うのです」
次に飲んだのが、裸麦を原料にした常圧蒸留の「初潮」。ボディはあるが、けっしてくどくない。口当たりはソフトで甘く、後味も甘いのが特徴だ。「以上がプロユースのお酒、いわば業務用です。そしてこちらが、家で飲むための日常酒です」と言って出されたのが「潮」。常圧の原酒と減圧の原酒をブレンドしてあり、飲みやすさはナンバーワン。ロックでも水割りでもお湯割りでもいける、万能選手だ。
「これらの酒のもろみは全部一緒で、麹歩合は高いです。麹が、麦の香りや味と共に、甘みを出しているのです。全般的にしっかりした味だけれど、料理に合うような酒にしたいと思っていますので、くどくはないでしょう?」
なるほど。たしかに常圧蒸留でも、どっしりしているわりには、口当たりが甘くソフトである。一方、減圧蒸留にも味があり、甲類焼中の代用品のような酒ではない。こんなにも麦焼酎に、味のバラエティがあったとは!
だが驚くのはこれから。古酒にすると、麦焼酎の世界はさらに広がる。減圧蒸留の原酒を、トンネルで5年間カメ貯蔵した「古久」は、とろけるように甘い。減圧と常圧、裸麦とライ麦と二条麦の原酒を、木樽で10年寝かせた「樽」の40度は、まるでウイスキーのようでありながら、和風のテイストがあり、驚きの旨さだ。
「麦や米の焼酎は、長期貯蔵に向いています。私の経験的直感なのですが、穀物のほうが脂分を多く含んでいるので、それが貯蔵するうちにアルコールと結合して香りが出て、味も丸くなるのではないでしょうか。また、麦焼酎のもろみは、ウイスキーのもろみがアルコール度5%くらいなのに比べて、初めから18〜19%もある。一度の蒸留で原酒のアルコール度が上がるので、何度も蒸留する必要がないのです。そのため原酒に原料の味が濃く残っており、同じように木樽で貯蔵しても、ウイスキーとは違う味わいになるのです」
最後に「これは自分の趣味だけで造ったものですが」と、「金太郎」という酒を出された。「焙煎麦焼酎」と書かれているように、麦茶メーカーの協力を得て、焦がした麦を原料にしている。飲んでみると、まさに麦茶!
砂糖を入れた麦茶の味がする! 私は個性的な酒が好きなので、これが一番気に入ってしまった。
原酒メーカーだった強みを生かして、個性ある酒造りをしている西吉田酒造。その造り分けの技術はさすがだ。ふと分析室でビーカーに入っていた、開発中の新商品が気になってきた。今度はどんな酒を出すのだろうか? 楽しみである。
西吉田酒造株式会社
創業明治23年 年間製造量3000石
福岡県筑後市大字和泉612
TEL0942-53-2229
http://www.syoucyu.com
1連続蒸麦機
2円板式製麹機
3一次もろみに櫂入れする
4分析
5減圧蒸留器
6常圧蒸留器
7回転式ドラム
8木樽貯蔵
9西吉田酒造のお酒
10吉田元彦さん(右)、尚史さん(左)とともに