球磨焼酎とは、熊本県人吉市の球磨盆地で造られた米焼酎のみに与えられた名称だ。ここに古くから「六調子」という旨い焼酎があると知り、訪ねた。
前日まで芋焼酎を取材して鹿児島を旅していた私は、八代へ出て、肥薩線に乗り、列車で人吉を目指した。肥薩線は一両だけのワンマン列車で、球磨川の清流に沿ってのんびりと走っている。景色は下流から上流へと移り変わり、夕日に川面がキラキラと輝いて、やがて日はとっぷりと暮れた。
「六調子」の池邊道人社長が用意してくれていた宿「さ蔵」には、天然温泉の大浴場があった。源泉掛け流しで肌あたりの良いお湯である。人吉の名物は、球磨川と温泉、そして球磨焼酎なのである。
夕食に、と池邊社長が案内してくれたところは、山の中の一軒家「やまめ庵」。川漁師の主が一人で切り盛りしており、一晩に一組しかお客をとらないという。
囲炉裏端に座り、まずは一献、「六調子 特吟」。これをストレートで飲む。テイスティングという意味もあるが、「うちの酒はストレートかロックで飲んでほしい」という池邊社長のたっての希望からだ。飲んでみると、コクがあり、微妙な苦みがなんともいえない。つまみに、と出された鮎のうるかとよく合う。
赤々と燃える囲炉裏には、主が自ら釣ってきた落ち鮎が串刺しになって焼かれていた。天然の鮎を食べる機会がほとんどないうえに、こんな大きな落ち鮎見たこともない。こいつを頭から豪快にムシャムシャと食べる。う、うまい! うますぎる!
飲むのは「六調子」の「赤」。五年以上樫樽で貯蔵した28度の米焼酎だ。すごくまろやかで、甘みもあり、旨い。六調子の特徴は、常圧蒸留の焼酎を、長期熟成させていること。とくに樫樽貯蔵の球磨焼酎の作り手としては、第一人者だろう。
メインディッシュは、この日とれたての猪肉を炭火で焼く。猪は、散弾銃ではなく、罠で捕ったものだという。銃で捕ると、ショックで血や肉が固まってしまうが、罠で捕ると、自然の肉の旨味が味わえると聞いたことがある。まさに滋味たっぷり、脂身まで甘くおいしい肉だ。12年ものの「圓」で乾杯! ホーロータンクで寝かせた、年間1万本の限定品だ。
「12年?!すごいですね!」と言うと、「たいしたことありませんよ。だってスコッチなんか、何年寝かせてると思いますか?」と池邊社長。たしかに、飲めば飲むほど深みがあり、猪肉に負けない、骨太でしっかりとした、今宵最高の酒であった。
常圧蒸溜にこだわる
翌朝、ストレートで焼酎をあんなに飲んだのに、スッキリと起きられた。さすが、いい酒は酔い覚めもいいのだ。池邊社長の案内で、人吉城へ。そこから町を見下ろすと、球磨川が朝もやにかすんでいた。この朝もやが、人吉盆地の特徴なのだという。
「昔は球磨川の護岸工事もされていなくて、川沿いに遊歩道がずっと続いていたものです。町並みも、昔の城下町の風情が残っていた。今はビルが建ち、どこにでもある地方都市の景色になってしまった。残念です」と、景色を見ながら池邊社長は言う。だが私には、それでも自然に囲まれた美しい町という印象だった。
六調子の蔵は、町はずれの街道沿いに、静かにたたずんでいた。入り口には、芹沢圭介氏による六調子のラベルデザインがディスプレイされていた。六調子というのは、民謡の調子のことをいう。昭和40年代に、「岳の露」という商標から「六調子」へと変更した。デザインはそのときからのものだが、今でもモダンで目を引き、けっして古くさくなっていない。
蔵の一階はすべて貯蔵タンクになっていた。こちらはあとで見せてもらうことにして、まず2階の仕込み室から。9キロリットルの開放タンクが24本整然と並んでいた。密閉式ではなく、開放タンクにしているのは、余計な匂いなどを飛ばすためだ。櫂入れをしていたのは杜氏の中村徹さん。1800石を8人で仕込んでいるという。
仕込み方法は、一次仕込みと二次仕込みを同じタンクで仕込む、昔ながらの「スッポン仕込み」だ。「おそらくこれをやっているのは人吉でうちだけでしょう」という。麹はほとんど白麹を使う。減圧蒸留は一次仕込み一週間、二次仕込み二週間、全部で三週間あればもろみが完成する。だが、常圧蒸留の場合は、二次仕込みを16日間と、少し長くとる。これは、より複雑な香味を出すためだ。「本吟」と「特吟」は、二次仕込みで黄麹を添えるのがミソ。こうすると、寝かせたとき、独特の甘みが出るという。
蒸留器は、常圧が2台、減圧が3台あった。焼酎メーカーは、蒸留器を買ったときの状態では使わず、必ずどこか改造して、蔵独特の形にカスタマイズしている、と聞いたことがある。はたして「六調子」でもそうだった。常圧の蒸留器は、ネックのところを取り外して洗えるように改造してある。これは、そこに油分があがってくるので、古い油がついていると酸化臭がついてしまうからだ。減圧の蒸留器は、ネックから先がチタン製だった。こちらのほうが冷却効率が良いとのことであった。
「六調子」では、とくに常圧蒸留にこだわりがあり、全体の3分の2は常圧蒸留の焼酎を造っている。常圧の場合、大きいものはダメだそうで、1.5トンの小ぶりな蒸留器を使っている。蒸留のはじめに出る初留はクセが強いので、カットして次の蒸留にまわし、後留は12度くらいまで取るという。
「ウイスキーは搾ってから蒸留しますが、焼酎はもろみをそのまま蒸留します。搾ってから蒸留してみたことがあるのですが、全然味が出ない。どうやら焼酎は、もろみの中にいろいろな成分が詰まっているようですね」
スコットランドと同じ環境で樫樽貯蔵
次はいよいよ「六調子」の心臓部、熟成室へ。部屋をあけたとたん、いい香り! 酒に弱い人は、これだけで酔ってしまいそうだ。ここには130個の旧樽が並んでいた。すべてホワイトオークのパンチョン樽(国産)である。この部屋は、空調で湿度と温度が管理されている。「はじめはガンガン冷やしていたのですが、スコットランドへ行ってそんなに寒くないと知り、今は彼の地の夏場に合わせています」と池邊社長。
「湿度があると、水分がとばず、アルコールだけがとぶので、度数が下がってしまいます。だから乾燥させて、アルコールと水分の両方が同じくらいとぶように調整するのです。また、湿度があると樽にカビが生えてしまう。ワイン樽のカビは管理されたカビですが、ウイスキー樽にカビは厳禁です。カビ臭がついてしまいますからね」
新樽倉庫には、100個の樽があり、7〜8年ものの焼酎が寝かされていた。さっきの倉庫と違い、お酒の香りより、木の香りが強い。「六調子」では、はじめは新樽を買ってきて、ひびが入れば修理をして、何年でも使うという。「樽はちゃんと管理すれば、100年以上もちますよ。うちのは昭和30年代の樽が最古。これは製品にはしないで、私が個人的に飲んで楽しもうと思っています。色抜きもめんどうですしね」
池邊社長がお手本にしているのは、スコッチの世界だという。「スコッチは樽で大化けする飲み物。そして、焼酎と同じく原料は穀類ですよね。だから、スコッチと同じような造り方、売り方を模索しています。でも、質と量は相反するもの。うちはどれも量が少ないので限定品が多い。少ない量で徹底的に管理すれば、大手に負けないと思うのです」
人吉の小さな焼酎蔵が、こつこつと約一世紀にわたり続けてきた「熟成焼酎」というジャンル。スコッチと同じように、一度飲んだらハマってしまう強い個性は、他の追随を許さない。焼酎の概念を変えてしまう「六調子」に、私もまたハマってしまった一人なのである。
六調子酒造株式会社
創業大正12年 年間製造量1800石
熊本県球磨郡錦町大字西1013
TEL0966-38-1130
http://shochu.daisuki.ne.jp/rokuchoshi/rokuchoshi_index.html
1天然の落ち鮎を囲炉裏で焼く
2人吉城から球磨川を望む
3「六調子」入口のギャラリー
4芹沢圭介氏によるラベルデザイン
5仕込み室
6櫂入れをする中村杜氏
7蒸留器
8樽倉庫
9「六調子」のお酒
10池邊道人社長