月桂冠を訪ねるのは2回目だが、1回目は液化仕込みのプラントを説明してもらったにすぎない。大手蔵元として日本酒業界を牽引してきたこの蔵を、きちんと見るのは今回が初めてだ。
早朝、大倉記念館前で広報室の村上月雄さんと合流、内蔵(うちぐら)と呼ばれる手造り蔵へと案内された。ちなみに「大倉」というのは月桂冠の蔵元の名前。記念館の中は、酒造りの行程や月桂冠の歴史がわかるギャラリーになっており、最後にめったに飲めない大吟醸などを試飲できる場所である。
内蔵では、但馬杜氏の小林壽明さんが、6人の蔵人さんと700石を造っている。年間28万石を造る月桂冠の中では最小の蔵なのだが、社員や得意先の研修の場としても、大切にされている蔵だ。研修会は2泊3日の「酒造塾」として年に数回開催され、これまで、流通関係者や内定者のほか、外国人やソムリエなど、さまざまな塾生が酒造りを体験してきた。この日もちょうど「酒造塾」の最中で、十数人の研修者が蔵を訪れていた。
内蔵をあずかる名杜氏
蔵の中では米が蒸し上がり、あわただしくなった。甑から蒸し米をスコップで掘り出し、放冷機にかける。麹米はかついで麹室に運び、引き込まれる。全量麹蓋での製麹だ。本日の仕込みは純米大吟醸の「鳳麟」の留め仕込み。仕込みは1.8トンの開放タンクで行う。
蔵の隅には、鑑評会用の斗瓶が置かれていた。月桂冠には25年間連続金賞受賞という輝かしい実績がある。小林杜氏が、「今年の出品酒です」と、酵母違いの原酒を2種類持ってきてくれた。ひとつは華やかな香りで旨みがありつつキレが良い。もうひとつは、穏やかな香りでスッキリとした酒だった。ううむ、どちらも甲乙つけがたい。
「出品酒は、酵母の選択や火入れのタイミングが難しい。最終的には味と香りとのバランスで決まります」と小林杜氏。出品酒クラスの酒は、山田錦を35%まで磨き、洗米は手洗いで限定吸水。麹は麹蓋で造って54時間かかる。すべて小林杜氏一人でやるという。「やはり麹がポイントですね。600キロの仕込みだから一人でできるのです」
小林杜氏は杜氏歴20年。夏は農業、冬は酒造りという生活をして、もう50年以上になる。月桂冠では昭和50年代の最盛期、6流派の杜氏(南部、山内、越前、丹波、但馬、広島杜氏)がいて、腕を競い合っていた。各杜氏はそれぞれひとつずつ蔵をあずかっており、蔵ごとに鑑評会に出品するのだが、全部の蔵が金賞を取ったことが3回もあったという。そんな黄金時代から勤めていて、一人残ったのが小林杜氏なのだ。「市販酒にしておいしい酒、味があって香りがおだやかな吟醸酒を目指しています」と控えめに語りつつ、「でも、気を遣う仕事ですし、プレッシャーもあります」と名門蔵をあずかる本音を明かすのだった。
自社開発のプラントが並ぶ大手蔵
次に向かったのは、月桂冠の心臓部である大手蔵。月桂冠にはこのほかに昭和蔵があるが、大手蔵で全製造量の90%を造っているという。
醸造部長の斉藤義幸さんの案内で、最初に大手蔵の2号蔵へ。昭和48年に建てられ、年間22万石の製造能力がある。内蔵とのあまりのギャップにクラクラしながら、まず精米所を見せてもらう。1日で100トンの米を使うため、精米所では、15台の精米器がフル回転していた。
最近でこそ全農の加工用米は白米で入荷しているが、少し前までは全量自家精米だったという。「月桂冠ほどの大手は自家精米をしていないだろう」と勝手に想像していたので、精米所があることに驚かされた。
2号蔵は5階建てだが、高さは10階建てに相当する。最上階には麹室があった。麹は円盤状の全自動製麹機で造り、コンピュータ管理されているが、「30年以上のデータの蓄積があるので、どんな麹でも造れますし、たいていのことには対応できます」と斉藤さんは、胸を張る。
この製麹機は月桂冠が開発したため「大倉式」と呼ばれ、全国に広まった。当然、ほかの蔵でも目にしたことのある機械なのだが、その規模が違う。見たこともないほど巨大なのだ。しかもそれが三段重ねになっているのだから、ものすごい製麹能力である。
次の階では蒸しが行われていた。連続蒸米機と放冷機が一体になった機械が2台動いている。この機械も月桂冠が開発した「大倉式」の流れをくむ。連続蒸米機は見たことがあるが、これはただものではないくらいデカい。「断熱装置や自動洗浄の機械がついているので、通常のものよりかなり大きくなっています。たぶん日本一大きいのではないでしょうか」と斉藤さん。
その下の階は仕込み室になっていた。仕込みタンクは6トン仕込みの密閉式である。もはや人の手で櫂入れはできないので、エアーで攪拌する。おっと、タンクの中で、泡消し器が回っているのを発見! もしや泡あり酵母なのか? 「はい、これは上撰クラスのもろみで、うちのレギュラー酒はすべて泡あり酵母です。逆に吟醸などは泡なし酵母を使っています」と斉藤さん。本来、泡なし酵母のほうがタンクをフルに使えるため、低価格の普通酒は泡なしが一般的だが、味を重視してあえて泡ありにしているらしい。ちなみに酵母は独自に培養した月桂冠酵母である。
1階は上槽室だが、クリーンルームになっているので入れない。大倉式圧炉圧搾機が18台並んでいる様子を、ガラス越しに見るだけにとどまった。これで一通り2号蔵は見終わった。とにかくなにもかも大きく、お酒を量産するというのはこういうことなのか、とただただ圧倒されるばかりである。
次に、大手蔵の中の1号蔵へ案内された。こちらは昭和36年以来、年間を通じて酒造りを行っている。近代的なシステムを備えた日本で初めての四季醸造蔵として知られている。
1号蔵では、3000石の吟醸酒を、4人の社員で造っている。こちらには、さきほど見た円盤状の製麹機をずっと小ぶりにしたものがあった。これならほかでも見たことがある。また、2トンの密閉タンクが並んでいる仕込み室は、ちょっと大きめの酒蔵という風情であった。
「これは金賞狙いのもろみです。明日搾りますが、味をみますか?」と、ひしゃくですくってくれたそれは、香りも華やかでウマウマ〜。搾ったらさぞ旨かろう。「こちらのもろみ管理もすべてコンピュータですが、最終的には人間の判断が必要です。機械は使い方しだいなのです」と、斉藤さんは言うのだった。
それでは、月桂冠のお酒を飲ませていただこう。まず、特別本醸造「超特撰」。お、これは甘すぎず辛すぎず、バランスが絶妙な良酒である。「これはお燗にしても旨いんですよ」と広報室の村上さん。2008年モンドセレクション金賞受賞の「ヌーベル月桂冠」は、サラリとしてスッキリ。淡麗な酒だ。
純米大吟醸「鳳麟」は、3年連続でモンドセレクションの最高金賞になり、アメリカで最も売れているとか。華やかな香りに、キリッとした辛口の酒だ。月桂冠の創業時の屋号を冠した大吟醸「笠置屋」は、小林杜氏渾身の逸品。上立ち香は穏やかだが、含み香が広がり、華やかで旨味がある。さすがに上質な酒である。
10年古酒「浪漫」は、辛口ながら丸みがありまろやか。かなり気に入ったのが、「にごり酒」だ。甘酸っぱくて、グイグイいってしまう飲みやすさ。旨い!これまであまりじっくりと月桂冠を飲んだことがなかったが、上等な酒は言うに及ばす、本醸造や普通酒の類の旨さはかなりのものである。
最後に安部康久専務と昼食をとりながらお話を伺った。6流派の杜氏がいた頃は、皆が競い合ってたいへんな競争をしていたという。また、各流派は閉鎖的で、それぞれ手の内を見せようとしなかったのだとか。そうした杜氏の技術をひとつひとつデータ化し、今では社員の製造部員が受け継いでいるという。たいへんな財産だ。
30年前は、安部専務も製造を担当して、吟醸酒を造ったという。「おいしいと言われる地方の地酒蔵へ教えを請いに行きましてね。やはり麹は麹蓋がいいというのですが、私は麹蓋を使わずに造れないかと思い、製麹機を使って麹を造ってみました。すると、みごとに金賞がとれたのです。その後、製麹機もものすごく改良していますから、酒はうんと良くなっているはずですよ」
「さきほど製麹機も見せていただきましたが、液化仕込みは麹を使わず酵素だけで造るので、もはや日本酒ではないという意見がありますが」と私が言うと、「それは誤解です。米を液化することによって、米の状態が毎年変わっても、品質が安定しますし、液状なので温度管理がしやすいという利点があるのです。ちゃんと麹も15%以上使いますし、並行複発酵もしていますから、正真正銘の日本酒ですよ」ということだった。
「酒を造るのは人ではなくて、酵母や麹といった微生物です。人間の仕事は、それをいかに管理して環境を整えてやるかでしょう。私たちは内蔵の手造りを基本にしつつ、日本酒の製造技術の革新をこれからも考えていきます」
月桂冠と地酒メーカーでは、ビールの4大メーカーと町の地ビール工場くらいの違いがある。ビールメーカーが、大量に安定した品質のものを生産していることには、誰も疑問をもたない。だが、なぜ日本酒には、大量生産や技術革新はいけないという意見が多いのか。それは飲み手が決めることではないだろうか。月桂冠のパック酒を飲みつつ、しみじみと考えてみたいものである。
月桂冠株式会社
創業1637年 年間販売量30万石(20FY)
京都市伏見区南浜町247番地
TEL075-623-2001
http://www.gekkeikan.co.jp/
1甑(内蔵)
2蒸し取り(内蔵)
3麹の引き込み(内蔵)
4仕込み室(内蔵)
5仕込み(内蔵)
6出麹(内蔵)
7精米所(大手蔵)
8麹室のオペレーター(大手蔵)
9巨大な連続蒸米機(大手蔵)
10泡ありのもろみ(大手蔵)
11仕込み室(大手蔵)
12ふな場(大手蔵)
13月桂冠のお酒
14小林杜氏とともに