白嶺酒造の中西哲也社長とは、東京での飲み会でよく一緒に飲んではいたが、なかなか蔵におじゃまする機会がなかった。それが実現したのは去年のことだ。「蔵は京都にある」ときいていて、京都駅で待ち合わせ、車で連れて行ってもらったのだが、いつまでたってもたどり着かない。結局2時間近くかかっただろうか。蔵に着いたときは、冬の日はすでにとっぷりと暮れていた。
客間に通され、テーブルを見て驚いた。カニ鍋ではないか。え?京都でカニ?!
「京都とはいってもここは丹後ですからね。日本海に面していて、天橋立もすぐ近くですよ」
京都に海があることすら忘れていた私は、中西さんの言葉に仰天した。しかも皿には見慣れぬおつまみが……。
「これは『へしこ』といって、鯖のぬか漬けです。生でも、焼いても食べられます。これは生ですが、よかったらどうぞ」
食べてみると、かなり塩分が濃いが、生臭さはなく、鯖の旨味が凝縮されていて美味。これにやわらかな白嶺の純米酒を飲むと……くーっ、ウマい!
「白嶺の酒は、カニやへしこなどの海産物に合わせるお酒だったんですねえ。しかしこの酒はまろやかでスイスイ飲めますね」
「お水がいいんですよ。『不動山水』といいます。裏山に滝があって、そこからひいているんですけど、超軟水で、ひじょうに免疫力が高いという不思議な水なんです」
「気」のパワーをお酒にこめる
翌日、水源の滝を見に行った。けもの道のような山道を登っていくと、ぽっかりと開けた場所があり、お堂が建っていた。成田山のお札分けを受けた不動明王を祀ってあるという。だから不動山水というのか。滝はひっそりとその奥にあった。水音以外に何も聞こえない。あたり一面に、霊妙な「気」がただよっている。こういう場所をパワースポットというのだろうか。
「ここは、高名な気功の先生が気に入られて、毎年修行に来られる場所なんです。じつはうちに、その先生が気を入れてくれたお酒があるんですよ」
「え~っ? すごいじゃないですか! それ売っているんですか?」
「売ってますけど、気を入れたことは伏せてあります。気を入れたというと、売り方が難しくなるので……」
「それはもったいない。ちゃんと気のお酒として売りましょうよ!」
かく言う私は、ヨガや気功を10年以上前からたしなんでいて、こういう話にはツーといえばカーである。偶然にも中西さんも気功歴10年だとのこと。
というわけで、すっかり話は盛り上がり、「気のお酒プロジェクト」を本格的にスタートさせることになった。名前はズバリ、「白嶺 氣」。売る場所は、小田原の近くにある「洒水(しゃすい)の滝」である。
この滝もやはりパワースポットで、近くに不動明王が祀られており、滝修行に来る人でにぎわっている。そして、すごい気の使い手がいて、気功治療をうけに全国から患者が集まってくるという、知る人ぞ知る場所でもあるのだ。
「江口さん、今度洒水の滝に行きますから、一緒に行きませんか?」
と中西さんからお誘いがあったのは、去年の夏であった。そこでお会いしたのは、僧侶であり、旅館「洒水園」のオーナーでもある、大野さんという気の使い手だった。何年も滝修行をした結果、「気のパワーを自然からいただいた」とのことである。
中西さんが持ってきた「白嶺」のお酒に、大野さんが気を入れてくれる。すると、明らかにマイルドになり、旨味が増すのがわかる。年間1000種類以上のお酒を利き酒している私が言うのだから、断じて気の迷いではない。ちょうど気功治療の人が来ていて、直接お話を伺うこともできた。その方は中年の女性で、中程度の子宮癌だったが、手術もせず、西洋医学的なことは何もしなかった。だが、大野さんのところに通って、2年で癌が消えたそうである。イッツ、ミラクル!
蔵人が造りから瓶詰めまでを一貫生産
今年蔵を訪ねると、今度は蔵人さんたちの宿泊所に通された。白嶺では、1000石を4人の社員で造っている。平均年齢は37歳。そのうち杜氏と新人の2人が、毎日泊まり込んでいるということだった。杜氏の須川さんは、初めは季節雇用の南部杜氏について仕事をし、10年がかりで杜氏になった苦労人。新人の山本さんは、やりたかった酒造りができるのが、今のところ楽しくて仕方ない、という風だった。
食事をしながら、「何を飲むのかな?」と思っていたら、意外なことに、「立山」だった。それも普通酒。
「自分の酒と比べるために、日々違う銘柄を飲むんですよ」
と須川さん。「立山」を飲んで、
「うーん、やっぱりうちの酒の方が旨いなあ」
とひとしきり自画自賛。
「白嶺のお酒だと、どれがおすすめですか?」
と私がきくと、
「おすすめはやっぱり普通酒だよね。冷やでよし、燗でよし。でも設計が意外と難しいんですよ」
と、「金紋白嶺」を出してくれた。うん、たしかに旨い。よくできてる。
それからあとは、「純米吟醸しぼりたて」や、「京女」など、どんどん酒が出てきたので、ありがたくいただく。こうして蔵人さんたちと飲むのもまた楽しい。
翌朝は、5時半から蔵の仕事を見せてもらった。初めは麹室での作業だ。室は「床(とこ)」の部屋と「棚」の部屋の2つがある。機械は全くなく、麹は手でほぐしていく。麹の造り方は「箱麹」。
「麹蓋で造っていたこともあったけれど、バラつきができるような気がして箱に変えました」
と須川さん。
麹を表に出すのも手作業。ひとつひとつ、手で運ぶ。出麹が終わったら、2日目の麹を「盛る」。ここでようやく「切り返し機」が登場。機械らしきものはこれだけだ。
その後、いったん朝礼があり、米の蒸し取りだ。そして麹米は引き込み、掛け米は仕込む。さらに仕込みの合間にすべてのもろみを分析。それが終わったら、洗米作業だ。息つく暇もない。
「10月下旬から2月下旬まで、休みなく毎日泊まり込みですよ。正直、4人はキツいです」
と須川さんは言う。私が
「でも朝早い分、午後は休めるんですよね」
と言うと、須川さんは肩を落としてこう言った。
「いえ、これから瓶詰め作業です」
それはたいへんだ! 本当に1日中休むヒマがない。普通の蔵では、瓶詰め担当は別の人を雇うのものだが……。
「うちも以前はそうでしたが、自分の造ったものを、最後まで責任もってお客様まで届けたい、と思ったんです」
と須川さん。中西さんもこう言う。
「普通の蔵元は、『そんなことをしたら蔵人さんが死んでしまう!』と思うだろうけど、幸い僕は造りがわからないので、その話が出たとき、すんなりOKしました。実際やってみると、できないことはないんですよ。安心でおいしいお酒をお客様にお届けする努力は惜しまない、ということです。」
充実した試飲販売所「天の蔵」
では、そんな白嶺のお酒をじっくり味わってみましょう、ということで、併設の無料試飲が出来る販売所「天の蔵」へ行く。そこで出迎えてくれた瀬田さんという女性が素晴らしかった。酒造りの細かいことまでよく知っていて、ちゃんと説明してくれるし、ひとつひとつのお酒についての解説もそつがない。聞けば、もうこの仕事を10年近くやっていて、蔵見学の案内も担当しているという。そんな瀬田さんおすすめのお酒を一本ずつ味見していった。
まず特別純米酒の「香田」から。
「こちらは地元の山田錦で造っていて、客船の『飛鳥Ⅱ』にも乗っているんですよ」と瀬田さん。純米酒なのに、吟醸香がして、やさしい味わいの飲みやすいお酒だ。
本醸造の「京女」は、日本酒度マイナス7の甘口なのだが、サラリとした甘さで嫌みがない。逆に山廃本醸造の「酒呑童子」は日本酒度プラス9の大辛口だが、口当たりがやわらかいためか、辛すぎずスッキリしている。
季節限定のお酒も飲ませてもらった。普通酒の「しぼりたて生原酒」は、酸がしっかりとあってコクがある。「アルコール度が19度なので、オンザロックやお湯割りもおすすめです」と瀬田さん。うすにごり生酒の「由良川の朝霧」は、シュワーッと発泡していて、爽やかで甘みがある。こちらも普通酒の原酒なので、アルコール度19度なのだが、そんな強い酒とは思えないくらい口当たりがいい。飲み過ぎてしまいそうで危険だ。
「これは平成12年にJALのファーストクラスに乗ったお酒です」と出されたのは、純米大吟醸「白吟のしずく」。味に幅があり、旨味もあって、文句なくウマい!シメは最高級の大吟醸「香田35磨き」。山田錦を35%まで磨き上げた18度の原酒だ。平成18年のANAファーストクラスに乗ったお酒だという。フルーティーな香りと、スッキリときれいな味わいには、大吟醸のお手本を見る思いがした。
帰りがけ、中西さんが車で天橋立へ連れて行ってくれた。昨夜から降り続いている雪に足を取られながら、廻旋橋のたもとまで来ると、天橋立は雪化粧をしていて幻想的なたたずまいだった。
「そういえば、最近、天橋立がパワースポットだっていう評判がたって、ちょっとしたブームになっているらしいんですよ」
と中西さん。
「へえ~。じゃあ気のお酒、ここでも売りましょうよ!」
「そうですねー、気のお酒はじっくり売っていきましょう」
ほんわかとやわらかな白嶺のお酒を、さらにまろやかにした気のお酒が、評判になる日もそう遠くはないだろう。目の前ではしんしんと雪が降り、天橋立は神々しい美しさを放っていた。
ハクレイ酒造株式会社
年間製造量1000石
京都府宮津市由良949
TEL 0772-26-0001
http://www.hakurei.co.jp
1 不動山水の滝
2 気のお酒「白嶺 氣」
3 これから蒸す米を張り込む
4 出麹の作業
5 湯気を上げる甑
6 蒸し米を掘り出す
7 種麹をふる
8 麹米を担いで運び、麹室に引き込む
9 仕込み
10 仕込み蔵
11 分析室でアルコール度数を分析する
12 試飲させてもらいました
13 試飲販売所「天の蔵」
14 ハクレイ酒造のお酒たち
15 雪の天橋立
16 中西哲也社長