「さつま小鶴」を代表銘柄とする小正醸造は、敷地8000坪の日置蒸留蔵で1日1升瓶25000本の焼酎を生産している。蔵があるのは砂丘のむこうに青い東シナ海が広がる薩摩半島西海岸の里。そこは熊野神社「権現さあ」の井戸で知られる天然の清水が豊かに湧き、シラス台地では質の良いサツマイモが育つ恵まれた地である。
案内してくれたのは、蔵長の佐藤哲郎さん。本当は「蔵の師魂」担当者にアポをとっていたのだが、なぜか当日北海道に行ってしまって留守だったのだ。しかし、「蔵の師魂」は小正醸造のほんのひとつの商品にすぎない。すべての商品から蔵のなりたちまで把握している、蔵長の佐藤さんに会えて、結果的にはラッキーだった。
原料芋にとことんこだわる
日置蒸留蔵は、昭和60年に大型化・機械化したという。飛躍的に品質はアップしたが、反面、人間の判断能力がにぶくなったり、トラブル対処能力が減退したりというマイナス面もあった。そこで平成11年に手造り蔵をつくった。それが「蔵の師魂」を造る「師魂蔵」だ。ここは、社内はもとより社外の小売店や料飲店の人にまで開放され、研修の場ともなっている。名誉杜氏薗田一幸氏により、原料の見分け方、天候の予測、気温の変化など、若い蔵人に焼酎造りの神髄を伝承し続けているのだ。
小正醸造のこだわりはそれだけではない。もっとも力を入れているのが原料芋の品質管理である。昔、焼酎用の芋とデンプン用の芋は同じだった。しかし、小正醸造は焼酎用に品種、品質を指定したいと考えた。そこで、「原則前日掘り取りの芋、卵大以上の病害虫におかされていない新鮮なもの」と指定し、「そういう芋なら高く買います」と農家を説得。品質のいい芋を安定的に手に入れることに成功したのである。
「今ではほかのメーカーも、新鮮ないい芋を使っています。40歳以上の男性にとっては、焼酎のお湯割りと言えば臭くて飲めない酒というイメージが強いでしょう。それは当時の原料が良くなかったことも一因なのです。今では女性がロックで飲めるほど、芋焼酎は香りも良く、飲みやすくなっています」
たしかに焼酎ブームは、「ロックで飲める芋焼酎」で火がついた感がある。だが焼酎ブームの芋不足の頃、小正醸造はどうしていたのだろう?「ご存じのように、生芋は8月から12月にしか収穫できません。そのためブームのピーク時には、中国産の冷凍芋を使ったメーカーが一部有りました。でも、うちでは地元産の芋しか使いませんでした。それは、きちんと農家と契約していたからできたことなのです」
そのかわり、生産能力を日25tから50tへ、また生産日数を2倍として増産した。設備投資も増産体制に必要な部分のみで行い、焼酎ブームに対していずれは落ち着く着地点を見据えた蔵運営を心掛けた。焼酎ブームが去った後、大型設備投資をした蔵の中には困っているところもあるというから、これは英断だったと言えるだろう。
平成18年12月から、鹿児島県産の芋焼酎を「薩摩焼酎」と名乗ることができるようになった。これは熊本の「球磨焼酎」と同様、地域認定呼称という。「芋焼酎業界には、中国産の原料を使ったりして、今後大手がどんどん参入してくるでしょう。そうなったら、鹿児島の小さな蔵はみなつぶれてしまう。そうならないための地域認定呼称なのです。私たちは100年、200年先まで生き残る方法を模索しているのです」
小正醸造は、これからも鹿児島の農業を守っていきたいと考えている。その一環として、小鶴農園という自家栽培の農場をつくった。生産農家は後継者がいないなど、危機的状況にある。それを少しでも救おうというのだ。サツマイモは、災害に強く、豊作・凶作の差があまりない。小鶴農園の運営目的は生産農家への技術提供・自社農園を通じての交流・新品種の開発などがあり、生産農家とともに芋つくりも行う。また、生産農家にとって取引相手が明確になることは、売る相手は決まっているし、価格、数量も決まっている。農家にとってはいいことづくめである。「農家には、小正醸造と一蓮托生と言われています。我々にとっても、農家は社員と同じです」と佐藤さんは言うのだ。
熟成酒のパイオニアとして
佐藤さんの案内で、蔵の中を見学に出かけた。芋貯蔵庫は外にあって、1日50トンもの芋が毎日やってくるという。見せてもらうと、すごくきれいな芋!こんなきれいな芋は見たことがない。「あ、それはたまたま東馬場さんの芋ですね」と佐藤さん。東馬場さんとは、土作り百姓を自称し、平成13年には天皇杯を、平成18年には黄綬褒章を受章しているスーパー農民なのである。「蔵の師魂」は全量この東馬場さんの芋を使って仕込んでいるのだ。
つぎに「師魂蔵」を見に行った。ちゃんと麹室があり、蓋で麹が手造りされていた。二次仕込み用のかめつぼが、土の中に埋まっており、昔ながらの木桶蒸留器からは、できたての焼酎が流れ出ていた。蒸留中の焼酎を利き酒させてもらうと、うん、これはマイルドで旨い。「末だれをどこでカットするかで変わってくるのです。ここでは12%くらいでカットしていまいます」と薗田杜氏が説明してくれる。現在68歳の薗田杜氏は、18歳のときから小正醸造で働いている大ベテランだ。
その後、「東馬場さんに会いに行きましょう」と車を飛ばして畑へ行った。東馬場さんは、芋掘り機に乗って、ちょうど芋を掘っているところだった。真っ黒に日焼けした顔が印象的だ。「いいものをいかに二次産業にまわせるかが一次産業のつとめです。農業は天候次第じゃダメ。自然に向かっていくことがだいじです。それには地力をつけなければいけない。健康な土には健康な芋が育ちます」さすが、スーパー農民東馬場伸さんの言葉は深い。芋作りの難しさは?という問いには「土の中にあって見えないことですね。葉っぱなら見ればわかるけど、芋は掘ってみないとわからないですから」と、これまた含蓄のある言葉であった。
最後に、日置蒸留蔵から車で10分ほどの丘の上にある、「メローコヅルの里」へ行った。小正醸造は、本格焼酎業界では日本で最初に貯蔵容器に樫樽を使用し、1957年に米を原料とする6年貯蔵の「メローコヅル」を発売した。以来、「メローコヅル」は樽貯蔵・長期貯蔵の高級焼酎として、日本全国はもとより、ヨーロッパにまで広くその名を知らしめているのである。
「メローコヅルの里」は、16000坪の広大な敷地の中に、半地下の貯蔵庫があり、樫樽には「メローコヅル」が、陶器のかめには「蔵の師魂」が眠っていた。「原料によって、熟成させる容器が違います。麦や米など地上に生えるものには樫樽が合いますし、地下に根付く芋には、土で作られたかめが合うのです。芋焼酎を樫樽に入れると、けんかしてしまう。不思議なことですがね」と佐藤さん。
「メローコヅル」になる米焼酎と麦焼酎は、日置蒸留蔵からタンクローリーで運び、屋外のタンクで数年寝かせた後、樫樽に入れる。樽の総数は2000本。すべて品質管理室が管理し、時間と手間を惜しまず一つ一つ丹念なテイスティングのもとにブレンドされ、独創の熟成焼酎を生み出している。一方、かめ貯蔵の「蔵の師魂」は、1本1000リットルのかめ500本に貯蔵されている。貯蔵しすぎると味は丸くなるが香りがなくなるので、一番古いもので14年ものを限定で出しているという。
熟成酒を飲んでみると、「メローコヅル磨」は、甘みがありまろやかな味わい。「メローコヅル」は心地よい樽香と旨みがあり、飲み応えがある。「熟成古酒 オールディーズ」は樽由来のなんともいえない甘さがすばらしい。一方、「蔵の師魂」は芋らしい甘みと旨みがありまろやか。「蔵の師魂 極上」はガツンとくる骨太な味わいが特徴だ。
今後の小正醸造は?との問いに、佐藤さんはこう答えた。「今力を入れているのは黄麹の芋焼酎ですね。黄麹は黒麹や白麹のようにクエン酸を作らないので難しいと言われてきましたが、現代の技術では難しくない。しかも、黄麹は高いというイメージがありましたが、機械で造れば安くできます。うちは、従来の白麹と、焼酎ブームで認知された黒麹に加えて、これからは黄麹も売り出したいと思っています。それも、ポピュラーでリーズナブルな黄麹を目指します」
では麹違いの芋焼酎を順番に飲んでみよう。白麹の「さつま小鶴」は軽快でキレがいい。「黒麹」になると、甘みや厚みが出てくる。そして「黄麹」になると、甘味があり、華やかな香りが特徴的だ。麹によって、これほど味に違いが出るとは驚きである。
「黒麹が商品として確立しているように、黄麹も一般に認知させたいですね。それにはうちだけではなく、ほかのメーカーさんも追随してくるといいのですが。みんなで芋焼酎を盛り上げたい。その結果として、鹿児島の農業が元気になり、飲んでくださるお客様に喜んでいただければ言うことはありません」
小正醸造の経営理念は「喜びを共に創る」である。まさにその言葉通りの焼酎造りであった。
小正醸造株式会社
創業明治16年
鹿児島県日置市日吉町日置3309
TEL099-292-3535
http://www.komasa.co.jp
1芋洗い機の中の黄金千貫
2瓶詰めラインはクリーンルームになっている
3師魂蔵
4麹蓋での麹造り(師魂蔵)
5湯気をあげる甑(師魂蔵)
6かめつぼ仕込み(師魂蔵)
7木桶蒸留器(師魂蔵)
8蒸留器からたれる焼酎(師魂蔵)
9芋掘りをする東馬場さん
10「メローコヅル」が眠る樫樽(メローコヅルの里)
11「蔵の師魂」が眠るかめ(メローコヅルの里)
12佐藤蔵長とともに