試飲会で初めて飲んだ山鶴。正直「旨い!」と思った。バランスの良い辛口。濃醇旨口が主流になりつつある昨今では異端だが、凜と筋の通った育ちの良さが感じられる。蔵元の中本彰彦さんに連絡すると、ちょうど仕込みの最中だというので、さっそく取材に向かった。
取材前日は、奈良市内から近鉄線で一駅の新大宮へ。ここには、ミシュラン1つ星の割烹「川波」がある。中本社長から、山鶴が飲める良店として推薦されたお店だ。
自らを「土の料理人」と称する店主の奥田眞明さんは、山鶴の蔵近くに4000坪の自家農園を有し、お店で出す野菜を育てている。また、地元の土をこねて陶芸も行い、その器で自分の料理を供する。
大きなハスイモの葉の上に、鮮やかに盛りつけられた味の濃い野菜たちに始まり、キノコのダシが絶品の土瓶蒸し、モッチリとした揚げたての花レンコンの天ぷらなど、野菜中心のコース。締めは自家製味噌仕立ての地鶏鍋で、食べ応えのある地鶏とともに、添えられた小松菜と春菊がたまらなくおいしい。
お酒はもちろん山鶴で、軽い吟醸香にスッキリとした純米大吟醸や、しっかりめの特別純米酒、ヒネやクセがなくとろりと旨い9年もの秘蔵酒など、いろいろな山鶴を堪能した。絶品料理とその料理を引き立てる山鶴に、すっかり陶酔した夜であった。
丁寧で実直な酒づくり
山鶴のふるさとは、奈良県の生駒市。大阪にも奈良にも近いため、ベッドタウンとして住宅街が広がっている。蔵は周囲を民家で囲まれた住宅地の真ん中にあった。
早朝、甑から湯気が上がる。米を蒸しているのである。平成17年からオール純米酒なので、蒸す米は多い。製造にあたるのは3人の蔵人たち。もとは但馬杜氏がつとめていたが、先頭に立つのは44歳の社員杜氏、森伸吾さんだ。年は若いが山鶴で17年、酒造りを経験したベテランである。
麹は製麹機でつくる。五段ある棚に、一段ずつ、どのくらいの厚さで麹米を盛るかがポイントだ。大吟醸の麹は小さめの箱でつくる。これは2時間ごとに手入れをするので、寝る暇がない。つきハゼの麹をつくるために、湿度と温度を調節しながらの作業になる。「麹で蔵の特徴が出るので、麹づくりにはとくに神経を使います」と森さんは言う。
仕込みは小さく、3000リットルのタンクが中心だ。大吟醸は細かい温度調節ができるサーマルタンクを使って、丁寧に仕込まれる。
搾りは一般的なヤブタではなく、ヤエガキ式の搾り機を使う。そして、端桶にせず、タンク一本ずつ詰めるのが山鶴流。お酒がタンクに半端に残った状態を端桶というが、そうなった酒は劣化が早く、味が落ちる。だから山鶴は端桶を作らない。
そしてなんと、全量瓶燗瓶貯蔵。通常大吟醸クラスでしか行われない瓶燗を、すべての酒に施すことにより、ぐっと酒質が上がるのだ。その酒を、冷蔵庫で瓶貯蔵する。蔵には冷蔵コンテナが6台。生酒はマイナスで、火入れした酒はプラス15度以下で貯蔵している。
仕込みの後に洗米作業を見せてもらった。山鶴では400石全量を手洗いする。本日の洗米はなんと600キロ。それを3人で行う。驚くのは手袋をせず、素手で洗うこと。真冬には4度を下回る冷たい井戸水だが、「手袋をすると、感覚でわからないですから。手の感覚で、糠が落ちているかどうかを見極めるのです」と森さんは言う。
つくりを見て、とにかく丁寧に、そして実直につくられている酒。そんな印象を受けた。
桶売りからの脱却
蔵の中には試飲販売所もあり、いろいろと味見をさせてもらった。山鶴といえば、辛口。それを代表するのが「段違い辛口」である。純米酒でありながら、日本酒度プラス20。かなり酸もあり、スッキリとしている。これはちょっとほかの日本酒にはない味だ。
最もおいしかったのが、純米大吟醸生原酒。ほんのりと甘みを感じながら、スパッと切れるようにスッキリ。これは旨い!
あと、山鶴では粕取り焼酎もつくっていて、これが秀逸。普通の粕取りも旨いが、樫樽で長期貯蔵した3年ものというのが激ウマだ。カラメル香や甘みがあり、もちろん酒粕の旨みもしっかりとある。粕取り焼酎というと、飲みにくいというイメージがあるが、いやいや、山鶴の粕取りは素晴らしい。
山鶴の創業は享保12年。今年で287年になる。その間、山あり谷あり。今は400石の小さな蔵だが、昭和の高度成長期には、5000石もつくっていた。とはいえ、そのすべてが灘の大手の原酒づくり。つまり「桶売り」だった。
やがてそんな時代も終わり、日本酒産業は衰退。灘からの注文もストップする。生き残りをかけて蔵を新築し、再スタートを切ったのは、昭和から平成へ切り替わろうとする昭和62年だった。
蔵を建てたのはいいが、取引先はまったくなし。さらにはっと気づいたら、瓶詰めラインや貯蔵タンクもなかった。「今までタンクローリーで原酒を持って行ってもらうだけだったので、気づかなかったんです」と中本社長は笑う。いや、笑い事じゃないと思うが……。もちろん慌てて設備を増設したのは言うまでもない。
その後は苦労の連続。吟醸造り主体の蔵で仕込みを続け、全量純米酒にし、とにかく良い酒をつくり続けた。酒質は、「奈良の酒は甘い」というイメージを覆す、辛口一筋。辛口というだけで売れた時代もあったが、今はどちらかというと、旨口酒全盛期。だが、山鶴はぶれない。
「流行に乗って、酒質を変えるつもりはありません。私が旨いと思う酒をつくり続けます」と中本社長は言う。
洗米から瓶詰め・貯蔵まで、細部にいたるまで手を抜かず、つくるのはスッキリときれいな辛口酒だけ。だが山鶴は面白みのない酒ではない。料理を引き立て、飲み飽きせず、飲めば飲むほど味わい深い。水のような辛口ではなく、味のある辛口。それが山鶴の魅力である。
中本酒造店
創業享保12年 年間製造量400石
奈良県生駒市上町1067
TEL0743-78-3805
http://www1.kcn.ne.jp/~yozaemon/
1川波の器
2前菜の野菜
3徳利。中身は山鶴
4奥田眞明さん
5蒸し取り
6仕込み室
7酒母室
8麹室
9洗米
10瓶燗
11冷蔵コンテナ
12粕取り焼酎の蒸留器
13山鶴のお酒
14中本彰彦社長とともに