豊橋から飯田線に乗り40分。奥三河の湯谷温泉にやってきた。ここは鳳来峡谷に湧く、隠れ家的な温泉郷。銘酒「空」で知られる「蓬莱泉(ほうらいせん)」の地元でもある。
宿泊したのは「湯の風 HAZU」というモダンな造りの温泉旅館。売店には残念ながら「蓬莱泉」のお酒は売っていなかったが、夕食のメニューにある日本酒は、すべて「蓬莱泉」だった。
いろいろ飲みたいところだが、一人なのでそんなに飲めない。スタンダードなもの、ということで、「別撰」をお燗にしてもらったら、これが旨いのなんの! 甘からず辛からず、スッキリときれいで、とてもスジの良い酒である。普通酒なのか、本醸造なのか、純米酒なのか。素性はわからなかったが、後日、特別本醸造だとわかった。それにしても……旨い!
お風呂は峡谷に面しており、宇連川(うれがわ)の清流を眺めながら入浴できる。お湯はうっすらと茶色く濁っていて、いかにも効きそう。体の芯まであたたまり、お肌もつるつるになる良いお湯だった。
翌日、女将の加藤慎子さんに話を聞くと、昨年暮れ、「蓬莱泉」の蔵に従業員みんなで行って、酒造りをしたのだそうだ。純米吟醸をタンク1本仕込んだが、「大好評で、すぐに売り切れてしまったんですよ。だからまた仕込みに行くんです」とのことだった。
話をしているうちに、「蓬莱泉」の関谷健専務が車で迎えに来てくれた。関谷専務はまだ若いが、社長から家業を引き継ぎ、ほぼ経営を任されているようだ。30分ほど走って、蔵に到着。蔵は2つあり、こちらは本社蔵で、少し離れたところにオール手造りの小さな吟醸工房があるということだった。
20年前から整えた設備
本社蔵では4000石を8人で造り、吟醸工房では200石を4人で造っている。本社蔵は20年ほど前から徐々に設備投資をして、かなり高度な機械を入れているそうだ。一方、吟醸工房は、手造りの継承のため5年前に作り、社員の研修やお得意様の体験実習などにも使われている。「湯の風 HAZU」が酒造りに行ったのも、吟醸工房のほうであった。
今回の取材は本社蔵がメインである。釜場に行くと、米が蒸し上がっていた。米を掘らなくてもいいように、甑のほうが回転する方式だ。放冷機の風は外気ではなく、温度調節をしている。この蒸し米は麹用なので、あまり冷やさないように温風をあてているという。
麹室にはエアシューターで運び、麹はNOSという自動製麹機で造る。上段の床で1日、下段の棚で1日、合計2日で自動的に麹ができあがる。「杜氏さん」という、より手造りに近い製麹機もあった。大吟醸や純米大吟醸、吟醸などの高精白の麹にはこちらを使う。
もと場はクーラーつきで、室温は6〜7度。温めるときは、タンクの下にアンカを入れ、筵(むしろ)をかける。基本は速醸の泡あり酵母だ。速醸が全部終わった後、部屋をいったんきれいにしてから山廃を造る。
仕込み室には、2トンのタンクが14本。攪拌しやすいように、底が丸い形状のタンクである。中に攪拌用のプロペラがついており、羽の先まで冷水が流れる構造になっている。もろみの温度管理はコンピュータ制御だ。
上槽の部屋は、冷房・除湿・殺菌ができる特殊なエアコンを入れたクリーンルームになっていた。たしかに2台のヤブタにはカビも汚れもなく、買ったばかりのようにピカピカであった。
貯蔵室には、2.5KL(キロリットル)、5KL、7.5KL、10KLと、4タイプのタンクがあり、それぞれ1本ずつ温度が変えられるようになっている。「毎回10キロのタンクでは大きすぎる。端おけにはせず、1回の壜詰めで使い切れるように貯蔵しています」と関谷専務。小さなことかもしれないが、こういうちょっとした気遣いが、品質アップにつながるのだ。
ちなみに冷房設備のある貯蔵庫は4カ所あり、年間3000石以上貯蔵できる能力があるという。しぼりたてを除き、平均9ヶ月、吟醸クラス以上は1年寝かしてから出荷している。
分析室も見せてもらった。ここでは酒の分析の他に、米のタンパク質、粒のそろい具合を分析して、データをとっている。全量契約栽培なので、全農家の成績表がある。米の品種は絞っているし、いつも同じ農家の米なので、微調整はあるが、造りがやりやすく品質が安定するという。もちろん全量自家精米。「米は玄米で仕入れないとわからない。米の目利きは大切です」と関谷専務は言う。
最後に、「これはほかのメーカーさんには絶対に見せない場所です。だから撮影はNGです」と言われて案内されたのが、オリジナルの洗米機と浸漬装置のある部屋だった。洗米はジャグジーのような気泡で洗う方式、浸漬装置は、連続式に限定吸水ができる装置だった。一目見て、「これはスゴイ!」という装置なのだが、これ以上書けない。手洗いと遜色ない米を1人で500キロを30分で作業できるというすぐれものである。
「手洗いはどうしてもばらつきが出るし、大量にできない。作業ロット1つ1つを見ると、微妙に吸水率が違う。吸水が違うと蒸米が違い、溶け方も違う。麹もハゼ込み具合が違ってくる。だから原料処理が一番大切なんです」
う〜ん、なるほど。どの設備にも細部までこだわりがあり、昨日飲んだ別撰の旨さにも納得の本社蔵であった。
「できた」酒ではなく、「造った」酒を
併設の試飲直売所で、利き酒をさせてもらった。ちなみにこの売店の売り上げは、なんと全体の35%を占めるという。幹線道路には面しているが、決して交通便利な場所ではないのに、遠くからわざわざ「蓬莱泉」のお酒を求めてやってくるお客が後を絶たない。関谷専務は「直販はしたほうがいい。そのほうが、お客様の顔が見えるから」と言う。
まず飲んだのは、特別純米酒の「可。(べし)」。これは甘みがあってサラリとしている。「吟醸生貯蔵酒」は、心地よい吟醸香があり、華やかだ。純米吟醸の「和(わ)」は、コクと深みがあり、しっかりとした酒。純米大吟醸の「美(び)」は、フルーティーでやわらかい。純米大吟醸の「空(くう)」は、酒らしい飲み応えがありつつ、キレが良く飲みやすい。最後に焼酎も飲ませてもらった。「Ginjo grappa吟乃精」という吟醸粕取り焼酎(35度)なのだが、吟醸酒のような香りと酒粕の味がしてウマかった。
お酒はすべて、きれいで整っていてスジが良い。育ちの良さが感じられ、華もある。もともと描いた酒の設計図が良い上に、造りにも狂いがないと見た。そのあたりを、杜氏の遠山久男さんに伺った。
遠山杜氏は、酒造り歴30年。越後杜氏の下で10年間修行を積み、平成3年から杜氏になった。「できると造るは違う。できちゃった酒ではなく、造った酒、それも目先や小手先ではなく、本筋の酒造りを目指しています」と言う。
「造る前に、頭の中に設計図ができあがっていないといけない。そのうえで、工程上、ひとつもミスがないようにすることが大切です。マイナス要素が少なければ少ないほど良い酒になりますから。酒は貯蔵段階でも変わっていくので、最後まで気を抜かず、お客様の手元に届く状態を想像できる感性が必要です」
「蓬莱泉」は、全国の鑑評会で5回金賞を受賞しているが、出品酒にはこだわらない。出品酒も1.5トンで仕込むし、普通にヤブタで搾るので斗瓶取りもない。「それよりも市販酒をがんばりたい」という。有名な「空」も、出品酒の流れからできた酒を、市販酒として売り出したところ、評判を呼んでヒット商品になったのだそうだ。
愛知県では「空」で一人勝ちしている「蓬莱泉」だが、関谷専務の経営手腕と遠山杜氏の製造センスはさすが。今後もますます伸びそうな、勢いのある蔵であった。
関谷醸造株式会社
創業1864年 年間製造量4200石
愛知県北設楽郡設楽町田口字町浦22番地
TEL0536-62-0505
http://www.houraisen.co.jp
1湯の風HAZU 愛知県奥三河湯谷温泉 TEL0536-32-1211
2露天風呂
3回転する甑
4製麹機NOS
5製麹機「杜氏さん」
6出麹
7タンクの中で発酵するもろみ
8タンク内部にはプロペラが
9ひとつずつ温度が変えられる貯蔵タンク
10壜詰めラインの壜もコンピュータが監視
11「蓬莱泉」のお酒
12関谷専務とともに