酒蔵のある場所は、たいてい辺鄙な田舎町で、周りに何もないことが多いのだが、「十旭日(じゅうじあさひ)」のふるさと出雲市は、みどころのある観光地である。このさいだからと早めに到着した私は、まずバスで1時間ほどの日御碕へ。海を見ながら散策し、灯台にも登った。その後は、縁結びの神様出雲大社をお参りして、良縁成就を祈願。名物の出雲そばも食べ、すっかり出雲を満喫したのであった。
しっかりとした骨太の酒
午後8時、夜の作業を見学しに、「十旭日」へ。蔵は出雲市駅前の商店街の真ん中にあった。とても良い場所にあり、観光客を呼び込めばそれなりににぎわいそうなのだが、店頭は地味な酒屋さんという趣で目立たないのがもったいない。出迎えてくれた寺田栄里子さんも、店頭に試飲販売所をつくるなり、何かやりたいと考えているようだった。
栄里子さんは、この蔵の娘さんで、自ら蔵に入って酒造りをしている。「うちの主人です」と紹介された人が、寺田幸一さん。名刺には「製造部長」とある。栄里子さんと結婚したことが縁で蔵へ入り、酒造りをして今年で5つくり目だという。ほかに、栄里子さんの弟さんも帰ってきて、酒造りを手伝っている。
季節の杜氏と蔵人が3人、家族3人の合計6人で650石を造る。本日の夜の作業は麹の切り返しと仕舞い仕事。麹蓋の積み替えをしながら手を入れる。表面に指で三本線を入れるのは、水分を蒸発させるためだという。蓋を使うと作業は3倍になり、夜中の作業もあるのできついが、特定名称酒はほとんどが蓋麹だ。
原田公一杜氏は、「十旭日」でもう40年以上も勤めている大ベテラン。「麹が一番大事」と言うが、見ていると、温度計を使わない。「手でさわれば何度かわかるから、いちいち温度計はささない」と言う。勘と経験だけで造っているのだ。すごい。幸一さんは、原田杜氏のもとで酒造りを学んでいる。広島出身の幸一さんにとって、はじめは出雲弁がまったくわからず、苦労したそうだ。
夜の作業が終わり、寺田夫妻と居酒屋へ向かった。まず「淡雪」で乾杯! 飲み応えのある酒である。栄里子さんが持参した酒粕を天ぷらにしてもらい、これに雄町の原酒を合わせる。コクがありどっしりした酒。お燗にするとまたこれが燗上がりする良い酒である。アラのポン酢に山田の純米吟醸もよく合う。2年熟成させているそうで、しっかりとした骨太の酒だ。雄町の8年もの、山田の7年ものも飲ませてもらう。どちらも常温熟成だというが、ぜんぜんヒネていなくて甘みがあり旨い!
栄里子さんと幸一さんは、大学の先輩後輩だったそうだ。卒業後それぞれ就職し働いていたが、栄里子さんが地元に戻り蔵の仕事に関わることになった。数年たって結婚を考えた時に、幸一さんが酒造りをするか、どうするかと悩んだ末、結局出雲に行くことを決心した。今は夫婦で同じ仕事ができて幸せだという。
お店に来るときは、二人とも「すぐに帰りますから」と言っていたが、気がつくと11時をまわっていた。朝早い仕事で毎日疲れているだろうに、遅くまでつきあってくれた二人に感謝である。
特定名称酒を増やしたい
翌朝は5時半に蔵へ行った。まだ真っ暗で、町には人も車も通っていない。蔵では2日目の麹の切り返しと出麹の作業が始まっていた。もと場では櫂入れ作業。特定名称酒は泡あり酵母を使っているという。蔵のすみには鑑評会用の斗瓶が並ぶ。昨年は広島局で入賞、全国の金賞はここ5年で3回という好成績だ。
斗瓶取りをしていた袋搾りのタンクが3本。フナ口から酒を汲んで利き酒をさせてもらう。うわ、うま〜い! 「うちの大吟醸は香りより味の骨太系なので、秋になった方がもっとよくなりますよ」と栄里子さん。小さいながら精米所もあり、普通酒以外はすべて自家精米だ。搾りも普通酒はヤブタを使うが、特定名称酒は袋吊りかフナがけするという。
7時15分になり、食事休憩となった。蔵人さんたちと同じ食事。栄里子さんのお母さんの手作りだ。粕汁が激ウマ! 聞けば味噌は使わず、昆布と鰹ぶしと醤油を使って味をととのえるとか。
朝食を食べている間に米が蒸し上がり、麹の引き込みが始まった。荒熱を取った麹米を室に引き込み、適度な温度、状態になってから種切りをする。
その後は粕はがし。ヤブタと違い、フナがけしたものなので、手間がかかってたいへんだ。見ると吟醸粕なので、きれいで真っ白! 味も上品で、「砂糖とレモン汁を加えてシャーベットにするとおいしいですよ」と栄里子さんは言う。
次は袋搾りをした大吟醸の袋をフネに並べかえる作業。フネを組み立てるところから、動かして重しをするところまで初めて見たが、これも重労働だ。重しをかけると、すぐにお酒が流れ出てきた。薄濁りのそれを味見すると、コクがあって旨い!
昼食をはさんで、最後は米洗い。麹米は手洗いで、特定名称酒は掛け米まで手洗いだという。丁寧に洗い、しっかり水をかけ、そして冷水に浸ける。重量や時間も計るがあくまでも参考程度で、原田杜氏が米の状態を見て決める。「米が七分くらい水を吸ったら水から上げる」というが、素人にはそのタイミングははかりしれない。杜氏の勘だけが頼りである。
栄里子さんと幸一さんは、すべての作業を黙々とこなしていた。ほかの蔵人さんたちとの息もぴったり。「冬の間は毎日こんな感じです」と栄里子さんは笑う。栄里子さんのお父さんは、社長として、長年利き酒ともろみデータの管理をしている。若い幸一さんが蔵に入ってから、蔵元と杜氏のコミュニケーションが密になり、より良い酒造りができるようになったという。
今、「十旭日」の普通酒比率は8割弱。栄里子さんは、「今後は特定名称酒を増やして、量より質を目指したい」という。「いいものを増やしたいし、手をかけて造りたい。もちろん地元で愛していただいている普通酒を急にやめるわけにはいかないですが、米の魅力を味わえる純米酒をしっかり造り、普段から気軽に楽しんでいただけるよう、地元の酒蔵として努力をしていけば変えていけると思っています。そのためにも自分たちがもっともっと勉強し、経験を積まなければ。熟成で深まる味わい、料理との相性や温度での変化、日本酒はこんなに素晴らしい飲み物なんだと多くの方から教えていただいています。ご縁に感謝しつつ、造り手として出雲の地酒の蔵としてその魅力を伝えていけるよう、育っていきたいと思います。」
栄里子さんと幸一さん、二人の酒造りはまだ始まったばかりである。
旭日酒造有限会社
創業明治2年 年間製造量650石
島根県出雲市今市町662
TEL0853-21-0039
http://www.jujiasahi.co.jp
1出雲大社
2出雲蕎麦
3麹の切り返し
4麹の手入れ
5冷蔵庫に並ぶ斗瓶
6麹蓋に麹を盛る
7蒸し取り
8麹の種切り
9槽がけ
10米洗い
11「十旭日」のお酒
12栄里子さん、幸一さんとともに