酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/老松酒造

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大分県日田市は、江戸時代初期から天領(幕府の直轄地)となり、九州の経済・文化の中心地として栄えた町である。また、豊かな水をたたえた筑後川上流の三隈川が流れ、古くから「水郷」と呼ばれるほど水資源に恵まれている。おいしい水として全国に知られる「日田天領水」もこの地のものだ。
 
麦焼酎「閻魔」を造る老松酒造は、日田の麦畑の中にあった。到着当日は、営業課長の江島真路さんの案内で、日田の町を散策することに。日田には江戸時代の町割りが残る豆田町という場所がある。慶長6年、小川光氏が丸山城を築城の際、城下町として建設された。碁盤目状の町並みには旧家や資料館が建ち並び、近世後期の町人・商人町の面影を色濃く残している。
 
夏には日田祇園祭があり、9基の山鉾が町中を引き回されるという。山鉾が展示されている資料館に行き、その大きさと高さ、壮麗さに圧倒された。また、日田は鵜飼いと屋形船でも有名だ。鵜飼いは、豊臣秀吉の家臣が岐阜から鵜匠を連れてきたのが始まりだといわれる。川開きでは、屋形船から大輪の花火を見ることができるという。
 
「日田には祭りが多いんです。九州各地からお金が集まってきた天領なので、豊かな豪商が多く、祭りも派手ですよ。ぜひ今度は祭りの時に来てください」と江島さん。いやいや、日田のことは全然知らないで来てしまったが、こんないいところだとは思わなかった。ここなら旅慣れた大人が来ても大満足だろう。
 
江島さんがとってくれた宿は、日田温泉の旅館であった。まさか温泉まであるとは思わなかったので感激! 日田の温泉宿は、夏になると、屋形船で夕食と鵜飼いを楽しめるそうだ。次回はぜひ夏に来なくては、である。
 
夜は江島さんと居酒屋で食事。「閻魔」の赤をロックで飲む。樽熟成した麦焼酎をブレンドした通称「赤閻魔」は、ほのかに甘みがあり、スッキリとしていて旨い。そのあとバーへ移動して、飲食店専用の「魔界」を飲む。喜界島の原生黒麹を使っているからだろうか、コクが深く甘みも強い。旨い酒に楽しく酔っぱらって宿に戻ったのだった。

「閻魔」のヒットは口コミから


翌日は朝から工場へ。老松酒造は、焼酎を22000石、清酒を7000石造っている。製造は、地元の社員杜氏をリーダーに、焼酎9人、清酒7人の体制だ。4年前に焼酎の造りが劇的に増え、清酒と焼酎の生産量が逆転した。これが「閻魔」のヒットによるものであることは、言うまでもない。しかし、このヒットははじめから計算されたものではなかった。

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赤閻魔の発売は8年前。ENMAという昔からあった焼酎を毒々しい赤ラベルにして、中身も樽ブレンドの麦焼酎に変え、温泉街のおみやげ用に地元でちょっと出してみよう、と売り出したのが始まりだ。ちなみに印象的なラベルの文字は、社員の息子さん(当時小学4年生)が書いたものだという。
 
それから2年くらいは動きがなかったが、火がついたのが5〜6年前。一部のこだわり店が扱いだし、消費者の口コミで広がっていったのだという。長期樽熟成原酒とのブレンドで四合瓶1250円というお値段の手頃さに加え、とにかく「旨い」という評判が評判を呼んでのヒットだった。
 
その後、麦麹の黒麹である黒閻魔、常圧蒸留の麦焼酎である緑閻魔、と出すごとに話題を呼び、この3本は「閻魔三兄弟」として市場に定着している。それも一過性のブームに終わらず、今もコンスタントに売れ続けていると言うからすごい。
 
ではその造りを見てみよう。製造技術部長の真野直哉さんの案内で、工場を見学させてもらった。まず麹だが、これは原料処理から出麹まで一貫して全自動のドラム式製麹機で造る。麦を洗い、吸水し、水を抜き、蒸気を入れて蒸す。それを冷やし、種麹を手でふる。その後ぐるぐるとドラムが回転し、72時間で出麹となる。麦麹と酵母による一次仕込みは5日間〜1週間である。その後処理した原料を入れ、2次仕込み3次仕込みを行う。2日目に、さらに3次仕込みをする。これは、清酒でいうところの三段仕込みのようなものだとか。   

いいもろみを作るには、第一に“良い麹を作ること”しっかりとした麹を作らないと酵母が活発に働いてくれない、第2にもろみをよく混ぜて酵母に原料を食べさせること。酵母が活発に働いてくれないと旨味や味わいは出せないのだという。3次仕込みをしたあとは、1週間ほど発酵させる。その後、蒸留する。
 
蒸留器は大小2つ。小さい方では、1回で4キロのもろみを蒸留し、大きい方では1回で6キロを蒸留する。1回の蒸留にかかる時間は約4時間だ。小さい方は減圧蒸留の老舗プラントであるKI式。大きい方はケミカルプラントのものである。小さい方は1日2回、大きい方では1日2回〜3回、毎日蒸留しっぱなしだとのことである。

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できた原酒は屋外のサーマルタンクでマイナスまでに冷やし、濾過をする。これは雑味をとるためである。その後、樽かタンクで貯蔵する。所有する樽は3000個をこえており、シェリー樽やブランデーの樽、バーボン樽のほか、北米産ホワイトオークの新樽を使用している。新樽は味がつきにくいが色がつきやすい。だから、古樽に詰め替えて味をつけることもあるという。
 
屋外に8本ある貯酒タンクは40キロリッター入る巨大なものだ。アルコール度44度で樽に入れた原酒は、屋外タンクの原酒とブレンドして色を落とす。この色調整と味調整が、ひじょうに難しいのだと真野さんは言う。

わかりやすく力の抜けた酒


工場見学の後は、併設の試飲販売所に移動して、試飲タイムである。まず、麦を焙煎して仕込んだ「おこげ」から。香ばしくて甘みがあり旨い。これは好きな味だ。黒麹の全麹仕込み、無濾過の「月心」は、辛口でガツンとくる。ロックがよさそうだ。樫樽3〜5年の長期貯蔵の41度「麹屋伝兵衛」は、ウイスキーっぽいが、ウイスキーより優しい味で甘みがある。大手ウイスキー会社の人が試飲して、思わず「旨い!」とうなってしまった逸品らしい。「懐古浪漫」は米の樽熟成。麦に比べるとちょっと甘みが足りないかな、と感じるが、スッキリ系が好きな人にはおすすめだ。
 
レギュラー酒「田五作」は、昔からある減圧の麦焼酎だ。「おらが村のWe好きー」というキャッチコピーの晩酌用(900ミリリットル980円)だが、「なだ万」のPBにもなっているというからあなどれない。これが飲みやすい中にも味があって秀逸。いつも言うことだが、高い酒は旨くてあたりまえ。レギュラー酒の旨い蔵が本物だと私は思っている。老松酒造の技術力はなかなかのものだと見た。
 
最後に飲んだのが、真野さんが新しく開発した梨リキュール「梨園」。日田は梨の産地なので、何か梨を使ったお酒を造りたいと思い、開発が始まった。地元にカクテルコンテスト世界一位になったバーテンダーさんがいて、アドバイスをしてもらい、3年がかりで完成させたという。「噛んでシャキッとした感じをどう出すかとか、色が変わってしまうのをどうするかとか、課題が多く、大変でした」と真野さんは言う。

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飲んでみると意外にもしっかりと梨の味がしてびっくり! 甘さとコクがあるのでロックでもいける。実際、バーテンダーさんに好評で、カクテルベースとしてひっぱりだこになっているという。老松酒造は「閻魔」のヒットにあぐらをかかず、次のヒットにつながる新商品をひそかに開発していたのである。
 
「酵母は生き物だから、人間は環境さえ整えてやればいいのです。手をかけるところはかけて、抜くところは抜いて、あとは自然に任せるのがいいのではないでしょうか」と真野さん。
 たしかに老松酒造の酒は、「閻魔」をはじめ、気難しい酒はひとつもない。どれもいい具合に力の抜けた、いい酒なのであった。

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老松酒造株式会社
創業寛政元年(西暦1789年)
大分県日田市大鶴町2912
TEL0973-28-2116
http://www.oimatsu.com/




1ドラムに原料を投入
2放冷終了後の蒸し麦
3麹の種付け
4出麹
5酒母タンクに麹を投入
6酒母タンク(一次もろみ)
7櫂入れをする真野さん
8蒸留器
9蒸溜中の焼酎
10樽貯蔵
11「老松酒造」のお酒
12真野直哉さんとともに

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