酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/司牡丹酒造株式会社 -

司牡丹

初めて司牡丹の蔵を訪ねたのは、2000年の冬だった。当時から骨太辛口の土佐酒を身上としていたが、ここ数年、ぐっと酒質が良くなったように感じる。一言で言うと、より洗練されたと言うべきか。その秘密をさぐるべく、2006年の年末、早朝の便で高知へ向かった。

高知市内で司牡丹の竹村昭彦社長と待ち合わせた。竹村さんとは、この6年間、飲んべえ仲間として親しくさせていただいている。ただ一緒に飲んで酔っぱらうだけでなく、いろいろな蔵元さんを紹介していただいたり、仕事に関しても何かと相談に乗ってもらうなど、私にとってもはや「兄」のような存在だ。
取材は翌朝からなのに、なぜ前日の午前中から高知入りしたかというと、じつは私が来るこの日に合わせてイベントがあるからなのだ。

竹村さんは高知新聞文化教室で「土佐酒道入門」というお酒講座の講師をしている。そこの生徒さん100人を集めて、大忘年会をするというのだ。そのお酒集めに私も協力し、「酔っぱライター江口まゆみ推薦のお酒」として、全国の蔵元にお願いし、46銘柄を高知に大集合させたのである。
東京ではこのような会はよく行われているが、高知でここまで大規模な試飲会は、前代未聞の大事件だとのことである。こうしたイベントを短期間で作り上げてしまう集客力と行動力は、さすが竹村兄貴ならでは! あっぱれと言うほかない。

全国46銘柄を集めた試飲大忘年会に参加


会場の高知商工会館に行くと、続々とお酒が運び込まれている最中だった。お酒講座の生徒さんたちと一緒に、そのお酒を北から南へと都道府県順に並べていく。お酒の隣にはテイスティングノートを置いていく。ここにみんなの感想を書き込んでもらい、各蔵元に送って喜んでもらおう、というのが竹村さんらしい粋なアイデアなのだ。このノートに真っ先に書くことを義務づけられているのが、酔っぱライターの私であった。
「江口さん、あと1時間半で全部飲んで書いてね」
と竹村さんがプレッシャーをかける。

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私は一応利き酒師の資格を持っているのだが、細かくお酒にコメントするのはあまり得意でない。ワイン通とか一部の日本酒マニアが、飲みながらああだこうだとコメントするのを聞くと、おしりがむずがゆくなり、「ツベコベ言わずに黙って飲め!」とテーブルをひっくり返しそうになる。が、しかし、今回はコメントするのが仕事だから、やるっきゃない。全銘柄、私の知り合いの蔵元さんなので、飲むとどうしても社長さんや杜氏さんの顔が浮かぶ。コメントを書きながら、なんだか蔵元さんに手紙を書いているような気分になってしまった。

6時半になり、会場は110名の参加者で埋め尽くされた。やや年齢層は高めだが、女性の姿も目立つ。試飲タイムが始まると、みんな熱心に利き酒し、コメントを書いている。しかし、用意された吐器にお酒を吐き出す人はごく少数。みんな吐かずに飲み込んでいるようだ。周りにいた人たちに聞くと、「もったいなくて吐けない」とのことだった。どうやらこのような大量のお酒の試飲会は初めてのことらしい。

吐かないで飲み込んでいると、大酔っぱらい状態になるか、全部を試飲できないかのどちらかである。竹村さんも心配して「試飲ですから全部飲まないでいいんですよ~」とアナウンスしているが、皆さんマイペースでグイグイ飲んでいる。さすが酒飲み県高知である。

吐き出すことを想定して集めたお酒たちは、当然のことながら余ってしまったので、参加者の皆さんへのプレゼントとして持ち帰ってもらうことになった。もちろんみんな大喜び! 私のところへ来て、「こんな幸せな会は初めて」「来年もぜひやってください」と言う人がたくさんいて、私もお手伝いしたかいがあったと嬉しくなった。

会場を片づけた後は、竹村さんと運営スタッフに連れられ、二次会場「花鶴」さんへ行く。まず分厚く豪快な「鰹のたたき」に感動! やっぱり本場は違う。「鰹の塩たたき」というのもあり、こちらは普通のたたきよりよく焼いてあり、タレのない塩味だ。こいつもメチャ旨い。さらに「ウツボのたたき」はコリコリしていて食感が楽しい。「メヒカリの天ぷら」は、福島にもあるが、それより大ぶりで食べでがあった。最後に出てきた「土佐巻き」は、鰹のたたきと薬味が海苔巻きになっている。もうこれでおなかいっぱい。酒も食べ物も旨いし、人は酒飲みばかりだし、やっぱり高知はいい。みんなよく飲み、よく笑い、楽しく陽気な忘年会だった。

平成16年に建てた「平成蔵」


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翌朝8時18分の特急「しまんと1号」で司牡丹のふるさと佐川へと向かう。電化されていない3両編成の列車は、無人駅に止まりながら、約25分で佐川駅に着いた。
「高知市内はあったかかったけれど、佐川は寒いですね」
と迎えに来てくれた竹村さんに言うと、
「佐川は市内とは3度~5度くらい違うよ」
ということだった。竹村さんが子供の頃は、冬度々雪が積もっていたという。
なつかしい蔵へ向かう道は、相変わらず両側に司牡丹の蔵がずらりと続いている。
「すごいですよね。佐川町ではなく、まさに司牡丹町ですねー」
と言うと、
「ちがうんだよ。蔵が先にあって、あとから道ができからこうなんだよ!」
と竹村さん。

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司牡丹の創業は1603年。山内一豊が土佐を拝領し、掛川から移って来たときの筆頭家老・深尾氏についてきた、おかかえの造り酒屋が司牡丹の前身だと言われている。おそらく掛川でも酒造りをしていたのだろうが、便宜的に土佐に移ってきた年を創業年にしているという。ちなみに司牡丹で最高級の純米大吟醸原酒「深尾」は、この深尾氏からとった名前である。

まずは平成蔵へ行く前に、司牡丹の歴史を感じる貯酒蔵へ。ここは約170年前の建物で、がっしりとした木造建築が、道に沿ってどこまでも続いている。建物は古いが、全館冷房設備がついていて、夏でも15度程度で原酒を貯蔵することができる。
次はいよいよ平成蔵である。蔵へ入ると、ちょうど米を蒸しているところだった。横型の連続蒸米機と放冷機が一体になっており、蒸し米がその中を流れていた。放冷機は外気を送り込む旧式のものではなく、暖めたり冷ましたり、いくらでも微調整のきく最新型のものだという。連続蒸米機の横に、小さい筒型の物体があった。ステンレス製ではあるが、まさしく甑。特別な酒は、こちらも使って米を蒸しているそうだ。

杜氏の浅野徹さんに、今年で2年目になる新蔵での造りについてお話を伺った。
「とにかく洗米~浸漬という原料処理の精度が上がったことが、大きな進歩ですね。原料処理がしっかりしていれば、そのあとが楽ですから」
と浅野さん。

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「私はこの6年間毎年司牡丹を飲んできて、すごく酒質が上がったと思いますが、そのわけはどのへんにあるんでしょう?」
「製品に至るまでの製造工程を見直して、若めに貯酒するようにしているし、造りもきれいな方にもっていっています。具体的には、味は出しつつも、高知らしいキレが良くてスッキリしたタイプに仕上げるようにしています。それも新蔵ができてから、さらにやりやすくなりました」

自慢の洗米機を実際に見せてもらう。稼働はしていなかったので、竹村さんが解説してくれた。
「洗米も浸漬も、人がやるとムラができるけど、これなら吸水率まできっちり測ってくれる。よく大吟醸の洗米をストップウオッチで計ってやってるでしょ? あれと同じことを自動でやってくれるんですよ。だからうちの酒は普通酒まで大吟醸なみの原料処理をしている。新蔵ができてから、試飲会で普通酒と本醸造が大好評なんです。確実にレベルが上がってきている証拠です」

麹室は4室で、VEX300という製麹機を使っている。これが今まで見たこともないような機械。よく見るのは、機械に米を入れて、機械の中で温度湿度管理して、機械から出てくると、麹になっているというものだが、これは違う。伝統的な麹室と同じように部屋が蒸し暑いのだ(それでカメラが曇ってしまい、うまく写真が撮れなかったほどだ)。

そこにゴアテックスで覆われた床(とこ)があり、中に麹が入っている。ゴアテックスをめくると麹がすぐそこにあり、手で触って状態を見ることもできる。製麹機というブラックボックスに入ってしまったきり、出てくるまでわからないという機械ではない。
「シンプルなつくりなので、メンテナンスが簡単なのもいいですね。これはゴアテックスを毎日洗うだけでいい。温度湿度の入力は、これまでの経験から全部人がやっているんですよ……」
と浅野さんが言っているそばから、初老の麹担当者がやってきて、タッチパネルをピッピッピと操作していたものだから、びっくりして思わず口走ってしまった。
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「え? あんな手造り一筋みたいな、パソコンも扱えそうもない人が、この機械を使っているんですか!?」
「そうですよ。みんな長年酒造りに携わってきたプロですから、初めは『こんなんでろくな酒はできねえ!』と厳しかった。でも、シーズン途中から、『浅野さん、いい麹ができることがわかったよ』と。洗米も蒸しもそうです。今ではみんなこの新蔵を信頼してくれています」

仕込み室では、宇宙酒のもろみがふつふつと泡立っていた。特別に飲ませてもらうと、華やかな香りが宇宙へのロマンを誘う。宇宙酒とは、ロシアのソユーズロケットと一緒に、8日間宇宙旅行した高知県産酵母で醸したお酒。このバカバカしいまでの壮大なロマンあふれる酒は、高知県の17社が造っているのだが、もともと竹村さんが中心になって進めた企画。昨年初めて売り出したが、すぐに売り切れてしまったという人気商品だ。もろみを飲んだ感じでは、今年の出来も良さそうである。

蔵見学を一通り終え、酒ギャラリー「ほてい」へ移動。ここにはおしゃれなおちょこなどの小物と一緒に司牡丹のお酒が売っていて、試飲もできるのだ。まずは純米吟醸「美薫」から。甘みがあってやさしい味。ちょっと司牡丹らしくない女性的な感じだ。純米超辛口「土佐流」は逆にめちゃくちゃ辛い! 同じ超辛口の「船中八策」に似ている。永田農法「佐川 山田錦」は味があってキレがあり、山田にしては骨太な酒に仕上がっている。大吟醸「黒金屋」は金賞受賞酒なだけあって、文句なくウマい!香りも強すぎないので食事ともあわせやすそうだ。山廃純米「かまわぬ」は酸がしっかりあって、これは絶対お燗向き!

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本醸造「樽酒」は司牡丹の樽酒名人が造ったという伝説の酒。たしかに樽香が強すぎず弱すぎず絶妙だ。

お昼は、佐川にこの店あり、の名店「大正軒」でうなぎをいただく。ここにさきほどの「かまわぬ」を持ち込み、お燗にしてもらう。うなぎの骨せんべいや、蒲焼きと一緒に、「かまわぬ」をさしつさされつ……あー、ウマい!
「さきほど試飲したどの酒も、一昨年より去年、去年より今年と、着実に進化していますね」
「ありがとうございます。新蔵での造りも、去年は初めてだったけれど、今年はもう慣れたので、ますますレベルアップすると思いますよ」

いったい司牡丹はどこまで進化するのだろう。早くも今年の新酒が待ち遠しいかぎりである。

tsuku01_img07.jpg司牡丹酒造株式会社
創業1603年 年間製造量9000石
高知県高岡郡佐川町甲1299
TEL 0899-22-1211
http://www.tsukasabotan.co.jp/


1 高知城の前で、司牡丹竹村社長と共に
2 100名以上集まった試飲大忘年会
3 熱心に利き酒する参加者の皆さん
4 佐川町は司牡丹の町
5 約170年前の貯酒蔵
6 平成蔵
7 蒸し米
8アミノ酸の検査をする女性
9 酵母培養用の麹
10 元気良く泡立つ酒母
11 司牡丹自慢の洗米機
12 仕込み風景
13 麹室と製麹機
14 麹の様子を見る杜氏の浅野さん
15 宇宙酒のもろみを飲む!
16 しぼりたての酒を飲む!ウマい!
17 酒ギャラリー「ほてい」
18 司牡丹のお酒
19 うなぎ「大正軒」
20 うなぎの骨せんべい

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