世界遺産の島、屋久島には、島内産の芋と水を使って、手造り製法とかめつぼで仕込んだ芋焼酎がある。その酒を求めて、本坊酒造の「屋久島伝承蔵」を訪ねた。
島へは鹿児島から高速船で2時間ほど。12月の初めの屋久島は、南国というイメージとは裏腹の肌寒さだった。しかも、晴れ間が続かず、降ったりやんだりの安定しない天気。さすがに「ひと月に35日雨が降る。」と言われるだけのことはある。この雨が、立派な屋久杉を育てるのだろう。
この日は、工場長の土屋伸寿さんをはじめ、杜氏の本坊龍二さん、蔵子の石井律さんが、歓迎の宴を開いてくれた。場所は地魚料理の店「いその香り」だ。
首折れ鯖の刺身は、新鮮でプリプリとした歯ごたえ。脂ものっていて激ウマ!トビウオの干物は、塩加減が絶妙で身が締まっており、これまた絶品だ。ウマいウマい。この首折れ鯖は、屋久島でもなかなかお目にかかることができないそうだ。
飲むのは屋久島伝承蔵で丁寧に造られた「太古屋久の島」という芋焼酎。こいつをお湯割りにすると、ほんのりとした甘い口当たりに、のどごしはスッキリである。飲みやすくてスイスイと飲めてしまうではないか。
「島の水で造った焼酎を、島の水やお湯で割って飲むと、ほんとに旨いんですよ」と本坊さん。「そうそう、屋久島は水がおいしいですよ。ぜひ水道水を味わってみてください。ペットボトルの水なんて必要ありませんから」と土屋さんも言う。「でも、ここには水と自然だけはたっぷりありますけどね〜、コンビニはないし、店は全部7時頃には閉まっちゃうし。めちゃくちゃ不便ですよ」と笑って付け加えた。
その後、本坊杜氏は仕事があるので帰ったが、土屋さんたちは「もう一軒!」ということで、安房河畔に建つおしゃれな居酒屋「散歩亭」へ。ここで屋久島の芋、シロユタカで仕込んだ「屋久島大自然林」を水割りにしていただく。スーッと舌になじんでやわらかい味わい。つまみはトビウオのスモーク。これは珍味だ!旨い。
聞けば、土屋工場長はじめ、スタッフはみんな、屋久島伝承蔵の敷地内にある宿舎に住みこみで働いているとか。まるで合宿生活である。紅一点の石井さんなど、さぞかし心細いのではないか。しかし、彼女は焼酎好きが高じて伝承蔵に飛び込み、杜氏を目指す身。逃げ出すわけにはいかない。というより、伝承蔵は、逃げようとしたって、逃げ場のない、小さな島の中なのである。
すべての作業が芸術的
翌朝、蔵に入ると、3人の蔵人さんが黙々と作業していた。まったくしゃべらずに自分の仕事をひたすらこなし、動きに無駄がない。その息の合った様子は、芸術的ですらあった。
蔵の中には一次仕込み用のかめが12個、二次仕込み用のかめが42個並んでいる。このかめは、明治20年のものを大事に使っている。「だから、かめにも蔵にも蔵の精が宿っているんですよ」と本坊杜氏は言う。
麹はドラムで蒸しから種付けまで行い、その後麹室に引き込んで完成させる。箱に盛り、1時間ごとに手入れをする。麹室にはヒーターなどはなく、天窓の開け閉めのみで温度調節を行う。まさに自然まかせの麹造りである。
もろみにはセンサーがついていて、一定の温度を超えると自動的に中に入れたパイプに水が回り、冷やされる仕組みだ。仕込まれた日ごとに温度設定は変えていくそうだ。かめは一つ一つ手作りなので、微妙に形状が違う。スマートな形のかめは温度が上がりやすいとか、かめのクセを知ることも大切なのだという。
一次もろみを中継タンクに移し、蒸した芋を投入する。これが二次仕込みだ。すると、もろみを抜いたかめを、はしから洗っていく。かめに頭から落ちそうになりながら、食品用の洗剤でゴシゴシと洗い、最後に拭き取る。重労働だ。麹の棚も、ドラムも、ちょっと神経質じゃないかと思うくらいピカピカに洗浄している。「酒造りの基本は掃除ですから」と本坊杜氏は言う。
屋外では、芋切り作業が始まった。芋の末端の部分と傷んだ箇所を取り除く作業で、こればかりは機械化できない。パートさんに混じって、工場長以下スタッフ総出の作業になる。なにせ毎日1.2トンもの芋が搬入されてくるのだ。この時期の芋はすべて屋久島産。しかし、地元産だけでは足りないので、時期によっては鹿児島本土の芋も使っている。
「でも、天候が悪いと船が止まり、新鮮な芋が入らなくなる。だから100%地元産にしたいのですが、屋久島には畑にできる平地が少ない上、生産者の方々が高齢化していて、毎年一人減り、二人減り、という状態で。「若い方にもっとさつま芋作りに参加してもらえれば」と土屋工場長。屋久島産の芋は貴重品なのである。
蔵に戻ると、本坊杜氏が櫂入れをしていた。「やってみますか?」と言われ、見よう見まねで櫂を入れるが、なかなか混ざらない。「もっと気合いをいれなくてはだめです。ただ手を動かすのではなくて、『おいしくなれ〜』と念じながらやることが大事」と言われてしまった。この櫂入れは、1日3回やるということだった。
蒸留も始まっていた。蒸留器は小ぶりのステンレス製。2200リットルのもろみを蒸留する。ハナタレが垂れるまで40分あまり。そこから蒸留が終わるまで3時間ほどかかる。
やがて麹の手入れの時間になったので、本坊杜氏に指導してもらい、体験することになった。両手を腕まで消毒し、ハの字にして均一の温度になるまでかき混ぜる。最後に台形にまとめるのだが、表面がどうしてもでこぼこになり、うまくいかない。結局最後は、蔵人さんたちが直してくれた。
料理をひきたてるやさしい酒
「古酒の貯蔵庫を見ますか?」と、土屋工場長が車で連れて行ってくれたところは、太忠岳の麓だった。水力発電所の作業用のトンネルだった隧道の中には、1000リットルのかめが100本ちかく、ずらりと並んでいた。壮観だ。トンネルの中は湿気が多く、外気が寒いだけに蒸し暑く感じた。年間を通して湿度70〜80%、温度は14~15度で一定だという。このかめの2〜3年ものをブレンドした原酒が、「無可有(むかう)」という限定商品になるとのことだった。
蔵に戻ると麹の仕舞い仕事の時間である。「焼酎の麹はここからが大切」と本坊杜氏。1箱に20キロの麹を10キロにして、薄く盛ることで、温度を下げる。同時に室の温度も下げていく。明朝にかけて麹の温度を下げていって、酸度を出すのだ。初めは甘く、最後に酸っぱく仕上げるのが焼酎の麹なのである。
その夜は、蔵の中で、杜氏自らが味付けしたという「杜氏鍋」を囲み、営業などのスタッフも交えて宴会が開かれた。前菜の屋久鹿の刺身は、クセがなく甘みがあり激ウマ! 鍋は幻の魚アラが主役で、甘めのだしが、芋焼酎に良く合う。限定品なので、めったに飲めない「無可有」をロックにしていただく。まろやかでまったくカドがない味わいは感動的だ。
黒麹の麦焼酎原酒を3年かめ貯蔵した「甕寝かせ屋久の碧玉」は、香ばしさとまろやかさがあいまって、ロックの氷が溶けてくると最高に旨い。「原酒 屋久杉」の原酒は、37度あり、のみごたえたっぷり。「黒こうじ 屋久の島」は、コクがあって甘いので、お湯割りにすると素晴らしい。どの酒にも個性がありながら、酒そのものが主張しすぎず、やさしく料理をひきたててくれるのだった。
翌日は、寒気が南下して気温5度まで下がり、ヒョウがバラバラと降る荒れ模様の天気だったが、帰りの時間まで、土屋工場長が島を案内してくれた。目の前に迫る大川の滝に圧倒され、照葉樹林が続く西部林道では、鮮やかな紅葉にみとれる。白谷雲水峡の散策路を登り、苔むした幻想的な森や弥生杉を目の当たりにして、屋久島の自然を堪能した。
しかし、なんだか一日中眠たくて、何度もフーッと体の力が抜けてしまった。取材旅行の疲れもあったのかもしれないが、さすが「癒しの島」。屋久島にいる間、ずっと脳内でα波が出まくりな感じであった。
本坊酒造株式会社屋久島伝承蔵
鹿児島県熊毛郡屋久島町安房2384
TEL0997-46-2511
http://www.hombo.co.jp/
1刺身。右下が首折れ鯖
2トビウオの干物
3「寿司いその香り」屋久島町安房788-150 TEL0997-46-3218
4「散歩亭」屋久島町安房河畔 TEL09974-6-2905
5麹の手入れ
6麹をドラムから出す
7二次仕込み
8かめを洗う
9芋を切る
10蒸留器
11トンネルの中に眠るかめ
12 伝承蔵で造られたお酒
13杜氏の本坊さんと蔵子の石井さん
14土屋工場長とともに