石川酒造は、東京の福生市で清酒「多満自慢」と地ビール「多摩の恵」を造っている、創業約150年の老舗だ。その経営にあたる石川家も、当主の石川太郎社長で18代を数えるほど、長い歴史を持つ。
4000坪の敷地には、樹齢700年の大欅が木陰をつくり、清らかな小川が流れる中、整然と蔵が建ち並んでいる。また、イタリアンレストランの「福生のビール小屋」と、蕎麦居酒屋「雑蔵」があり、地ビールや地酒を飲みながら、食事をすることができるという素晴らしさ。そう、ここは、JR拝島駅から徒歩15分という地の利の良さもあり、年間10万人が訪れる、隠れた観光スポットなのである。
私が初めて訪れたのは、約10年前の取材がきっかけだった。その後も、何度か蔵開きのイベントなどに来たことがあり、「いいところだな〜」と思っていた。新緑の頃は気持ちがいいし、真夏のビアガーデンも格別。今回の晩秋もまた紅葉が美しく、はらはらと欅の葉が舞い落ちる中で飲む酒も捨てがたい。本当に素晴らしい「酒飲みのテーマパーク」だ。
文化財に指定された酒蔵
酒蔵は明治時代に建てられたもので、国指定の有形文化財になっている。石川社長に案内され、酒造りまっただ中の蔵の中へと入った。石川酒造では、2500石を8人で造っており、タンク1本が3トンの仕込み。連続蒸米機で米を蒸し、エアシューターでタンクへと送る。酒母は仕込み室の一角で造られており、この日はちょうど山廃の酒母があった。
残念ながら麹造りは見られなかったが、麹室も見せてもらった。自動製麹機のようなものはなく、いたってシンプルなつくりだ。搾りは多段式の搾り機が1台。以前は2台あったが、今は製造量が少ないので1台で充分だとのこと。
米はほぼ全量自家精米。道を挟んだ向かいが精米所になっており、2台の精米機が稼働していた。壜詰めラインも敷地外にあり、精米歩合50%以下のものはパストライザーを使用しているということであった。
敷地の奥にある蔵は、地ビール工房になっており、3人が製造に携わっている。製造量は年間100キロリットルくらいだ。実は石川酒造は、明治20年(1887年)にビール造りを始めたという。その証拠に、庭には当時使われた釜が展示してある。明治のビール製造は3年で頓挫したが、それから111年後の1998年、平成の世に形を変えて再開したということになる。
そのあたりの歴史は、併設の史料館に詳しい資料が展示してある。それによると、石川酒造の銘柄はもともと「八重桜」といって、「多満自慢」になったのはそう古い時代ではなく、昭和8年(1933年)のこと。ほかにも明治時代のビールのラベルが展示されていたりして、なかなか興味深い。
ビール工房の二階は、ちょっとしたステージやピアノがあるホールになっていた。ここで音楽のライブや地域の会合などを行うのだという。奥には厨房もあり、簡単な調理ならできるようになっている。
ここでライブをやるようになってから、石川社長は「自分も何か楽器ができたらいいな」と思いたち、ハーモニカを習うことにした。ジャスやロックを奏でる「ブルースハーモニカ」というやつだ。
「ピアノとかバイオリンはハードル高いし、ライバルが多いでしょ。でもハーモニカは、やってる人が少ないし、小さいからどこにでも持って行ける。そう考えて、30歳から習い始めたんです」それから10数年、今では定期的にプロのミュージシャンとジョイントコンサートをするほどになり、CDも出してしまった。
「今は音楽をやっていて本当によかったと思いますよ。お酒も音楽も人と人をつなぐもの。それに、旨い酒はサイエンスで造れるけど、感動する酒はアートでしか造れない。音楽は、酒造りに通じるものがあるんですよ」と、石川社長は自身の音楽活動を心底楽しんでいる様子だ。
財を成すより徳を積む
お酒のテイスティングをするために行ったのは、試飲販売所である「酒世羅」であった。まず飲んだのは、動物の絵柄がかわいい「酒は楽しく」シリーズ。毎年米や酵母を変えて仕込み、その違いを飲み比べてもらうという遊び心満載の純米酒だ。2008年は甘酸っぱくジューシー、2007年はややスッキリ、2004年は旨味とコクがあり、と違いがあって面白い。
「さらさら生酒 しぼりたてにごり」は純米原酒。活性濁りなので、シュワッとする炭酸がいい感じ。甘みもおだやかだ。最も地元で愛されている普通酒は、酒らしい酒で燗でも冷やでもオールマイティー。しかも飲み疲れしない。
「純米山廃原酒」は、酸がしっかりとあり、お燗向き。お得なお値段の「淡麗純米大吟醸」は、この売店の売れ筋商品。スッキリとして飲みやすい。大吟醸の「たまの慶(よろこび)」は、さすがに誰が飲んでも間違いない優等生的酒だ。
もっとも秀逸だったのが、「純米無濾過」。なんてことのない精米歩合70%の純米酒なのだが、これがびっくりするほど旨いのだ。石川社長曰く、「この酒は偉大なる平凡」。たしかにホッと安心する酒だ。
その後は蕎麦居酒屋「雑蔵」に席を移して、ビールのテイスティングとなった。「ペールエール」はホップの薫り高く、かつスッキリとしている。「ミュンヒナーダーク」は苦み、甘み、旨味がすべてほどよい黒ビールだ。「ピルスナー」も、濃すぎず薄すぎず、ほどよく飲みやすい。どれも抜群のバランス感覚で造られたビールである。
お料理もとてもおいしく、「和牛ほほ肉の地ビール煮込み」はとろとろにとろけるお肉が最高! 合わせて飲む「ボトルコンディションビール」は、泡がきめ細かく盛り上がり、焦がした黒砂糖のような香りが、デミグラスソースとあいまってえもいわれぬ旨さである。
〆に天ぷら蕎麦をいただきつつ、「熊川一番地」を一杯。このとき石川社長は、わざわざ家宝の盃を持ってきてくれた。銀に漆を塗ったきれいな朱色の盃で、その重みと厚みがなんともよく手になじみ、酒が格段に旨く感じる。ああ、極楽じゃ。
石川社長は、自分のCDやコンサートなどで得た収入は、「本業とは関係がないから妻子を養うためには使わない」として、かなりの額をすべて寄付しているらしい。その功績がたたえられ、今年、紺綬褒章を受章した。
「先祖の日記をひもとくと、インチキの商売でボロい儲けをするより、良心に従い、長い信用を築けと教えています。たとえ財産は残せなくても、徳は継げる。私は、どんどん商売を拡大して売っていこうというタイプではなく、どちらかというと、音楽をやったり、研究したりといったことが性に合っている。石川家の歴史を研究すると、そうやって徳を積むのが18代である私の役目だとわかるんです」と石川社長。
「拡大したり投資したりするのは、息子か孫の代でいい。大きな歴史のうねりの中で、自分の役割をわきまえることが大事。そして、いつの時代も多満自慢が、人々の心を豊かにする酒であってほしいと願っています」
私はなぜ石川酒造に来ると、ほっとして気持ちがいいのか、ようやくわかった気がした。石川家の家風がそうさせているに違いない。せちがらい世の中で、ここはまさにオアシス。お酒好きならぜひ一度、訪ねてほしい場所である。
石川酒造株式会社
創業文久3年(1863年) 年間製造量2500石
東京都福生市熊川一番地
TEL042-553-0100
http://www.tamajiman.com/
1蔵全景
2精米機
3連続蒸米機
4素込み室
5櫂入れ
6麹
7ビール発酵タンク
8明治時代のビール釜
9ホール
10史料館
11「多満自慢」の日本酒
12地ビール「多摩の恵」
13「和牛ほほ肉の地ビール煮こみ」と「ボトルコンディションビール」
14天ぷら蕎麦
15家宝の盃
16石川太郎社長とともに