新幹線の那須塩原駅から車で15分。国立公園の森の中に、那須高原ビールはある。まるで現代美術館のような建物に、鮮やかな新緑が映えて美しい。建物の中にはレストランと醸造所、そしてショップがあり、環境音楽がゆったりと流れる癒しの空間になっている。
「那須インターから近いので、車でいらしてビールを買っていかれる方も多いのですが、レストランでビールが飲みたいからと、わざわざタクシーでいらっしゃるお客様もいて、ありがたい限りです」と社長の小山田孝司さんは言う。小山田社長は那須で家具屋を営む家を継いで三代目。96年に、地ビール事業に参入した。
「今は家具を販売しているだけですが、祖父の代には家具を作って売っていたのです。だから自分も、デザインしたり、作ったりといったことが好きなので、何かもの作りの仕事がしたかったのです。たまたま父が買ってあった土地があいていて、水質を調べたら、軟水のとても良い水が出ることがわかった。それで、おいしいビールができるのではないかと思い、この地に醸造所を建てたのです」
聞けば、那須連山の奥にある那須深山(みやま)の雪解け水が仕込み水の源流だという。夏でも真っ白に雪が積もっている那須深山を、子供の頃から見ていたので、今仕込み水になっているのは「何かに導かれたよう」と言う。
もとが家具屋さんなので、インテリアのセンスは抜群。ビアレストランの調度品は、すべてデンマークとスウェーデン製だ。建物を建てるとき、なるべく木を切らないように工事をしたので、広い窓に森の木々が迫り、居ながらにして森林浴気分が味わえる。また、世界的な芸術家・菅木志雄氏のオブジェ「三間の泉」が、ビアレストランの入り口から中庭にかけて配置され、見る者の感性を刺激する。
一度来るとこの空間を気に入ってしまう人が多く、リピート率は高いという。週末はブライダルにも利用されているほど、人気の施設なのだ。私も数年前に一度来たことがあり、それ以来、また来たいとずっと思っていたほどである。
無濾過で麦芽100%のビールを
醸造技師は現在2人。オープン前に、ドイツとハンガリーで醸造技術を学んだが、とくに醸造学科などの出身ではない。「専門知識に凝り固まっていないので、かえってそのほうがいい」と小山田社長は言う。この10年、世界最大のビアコンペであるワールドビアカップで、連続入賞を果たすなど、那須高原ビールは世界的にも評価されている。「でも、造り手の好みによって、知らない間に味がブレてくるんです。自分でおいしいと思うだけでなく、お客さんにおいしいと思ってもらえるものを提供しなければいけない。だから私が毎回チェックして、本来の味にもどしているのです」
そういう小山田社長は、もともと苦いものが苦手だった。酒はたしなむ程度で晩酌をする習慣もない。それが、オープン前、ドイツに行って40カ所近い醸造所を回った。そして毎日3リットルから4リットルのビールを飲み続けたものだから、「もうビール恐怖症になりそうでしたよ」と言う。
しかし、本場のクラフトビールは、日本の大手メーカーのビールとは全く違った。どんなに飲んでも飲み飽きせず、翌日も残ることなく体調がすこぶる良いことに気づいたのだ。「濾過をせずビール酵母が残っていることと、副原料を使わず麦芽100%で造られているせいでしょうね。これはすごい!こういうビールを造ろう!と思いました」
だから那須高原ビールは、一貫して無濾過で麦芽100%。まず自社で麦芽を粉砕し、糖化釜で1時間かけて糖化。その後煮沸釜に移し、ビターホップを2回に分けて投入。最後にアロマホップを入れて仕上げる。このもろみを発酵タンクに入れ、エールは半月、ラガーは1ヶ月かけて発酵させる。さらに熟成タンクに移し、エールは半月、ラガーは1ヶ月かけて熟成。ようやく製品になるというわけだ。
できたてのビールをレストランで味見させてもらった。那須深山で雪囲いをし、熟成させた「深山ピルスナー」は、やさしい味わいでスッキリ。苦みが少なく爽やかだ。「愛の花」は、お花のような良い香りがして、甘みがあり飲みやすい。「スコティッシュエール」は蜂蜜のような香りと甘みがあり、コクも適度にありおいしい。黒ビールの「スタウト」は、コクがあって骨太ながら、重すぎず飲みやすい。水が柔らかいせいか、どのビールも優しい味わいが特徴だ。
アルコール度が12%もあり、何年間も熟成させて楽しめる変わったビール「ナインテイルドフォックス」もいただいた。これはビールのようでありつつビールの概念を超えている。甘みとコクがしっかりあり、お酒として完成されている。
一度の仕込みで150キロものイチゴを使う「イチゴエール」がまた秀逸。すごくサッパリしていてイチゴの風味がきいており、酸味が爽やかでワインのようであった。
ビアレストランのお料理も、冷凍物などは一切使わず手作りなのでおいしかった。「牛肉の地ビール煮」は、牛バラ肉を、スコティッシュエールとデミグラスソースで5時間煮込んだもの。お肉がトロトロで、味はくどくなくサッパリしている。生地から自家製の「那須高原野菜とガーリックのピザ」は、パリパリの薄い生地にたっぷりとお野菜がのっていて、食べ応えがあった。
ビール「愛」が皇室の目にとまる
那須は那須御用邸があることから、皇室とのかかわりは深い。那須高原ビールでは、敬宮愛子さまのご誕生を記念して、おしるしのゴヨウツツジをラベルに配し、「愛」というビールを造った。それが皇太子ご一家のお目にとまり、宮内庁から注文が入ったという。皇太子様から「おいしかったとお伝えください」というお言葉までいただいた。それ以来、たびたびご注文がはいるようになっている。それも宮内庁出入りの酒屋を通さず、直接の注文で、これはひじょうに珍しいことだという。
もともと那須高原ビールのモットーは「おいしさに愛と幸せをのせて」というものだった。それが「愛」というビールでひとつの形になった。これをきっかけに、醸造所のある森を「愛の森」と命名し、那須から世界に愛を広めていこうと、8月10日を「愛の日」と定め、コンサートなどのイベントを行っている。
「世界中どこかで必ずケンカしていますよね。でも、愛のパワーで幸せな世界に変えていきたい。その中心が那須になればいいなと思って、活動しています。思いを込めてビールを造れば、それが飲んだ人に伝わる。ビールの力は素晴らしいので、今後はますますビール事業を発展させていきたいと考えています」
長年ビール造りをしながらお客さんと接している小山田社長には、独自の「小山田理論」がある。それは、「ビールの好みと性格には相関関係がある」というもの。たとえばピルスナーを好む人は伝統を重んじ、頑固。バイツェンは好奇心旺盛。スコティッシュエールは、優しく女性的。イングリッシュエールは、エネルギッシュ。スタウトはこだわりを持ったアーティストタイプ、といった具合だ。ちなみに私はスコティッシュエールが気に入ったのだが、逆に自分の性格からビールを選ぶ楽しみもありそうだ。
那須高原ビールはホームページからも購入できるが、できれば那須へ行き、独特の癒し空間でできたての生ビールを味わってほしい。ビールが苦手な人も、ビール通の人も、きっと自分の好みのビールに出会えるはずである。
那須高原ビール株式会社
創業1996年 年間製造量60キロリットル
栃木県那須町大字高久甲3986
TEL0287-62-8958
http://www.nasukohgenbeer.co.jp
1ビアレストラン
2できたての生ビール
3牛肉の地ビール煮
4那須高原野菜とガーリックのピザ
5オブジェ「三間の泉」
6仕込み風景
7発酵タンク
8熟成タンク
9那須高原ビール
10小山田社長とともに