佐渡へ渡るには、新潟港から両津のルートが一番ポピュラーだが、そのほかに、直江津港から小木、寺泊港から赤泊に渡るコースがある。「北雪」の蔵は、この中の赤泊港に近い海辺に面しており、新潟の対岸にあたる。
その日、日本海は大荒れで、佐渡に渡るフェリーが出るか危ぶまれていた。新潟行きの新幹線に乗っていると、「北雪」の羽豆史郎社長から電話が入った。「寺泊からのルートは欠航になりました。新潟港から来てください。両津には僕が車で迎えに行きますから」寺泊〜赤泊のルートは小さい船なので、欠航になることが多いのだ。
新潟港へ行くと、高速のジェットフォイルがなんとか運行していた。しかし乗ってみると、高波に時速80キロでつっこむものだから、ジェットコースター状態。恐怖の1時間を過ごして、両津港に着いた。佐渡にはちらちらと雪が舞っていた。
「北雪」を訪ねるのは今回で二度目なのだが、前回は羽豆史郎社長の兄、羽豆克彦さんが社長だった。お兄さんはアイデアマンで、面白い商品を数多く世に出していた。その中でも最大のヒットは「YK35」だろう。Yは山田錦、Kは協会酵母、35は35%精白の意味で、鑑評会に入選するための吟醸酒の基準を表す言葉だった。それを商品名にしてしまったのだのだからすごい。全国の鑑評会で何度も金賞を受賞している「北雪」だからこそ、つけることができたネーミングだろう。
羽豆社長も兄と同じ血が流れているので、普通の蔵元とちょっと違う発想の持ち主だ。日本の島の中では、沖縄本島に次いで大きい佐渡ヶ島なので、両津から赤泊までは車で1時間ほどかかる。羽豆社長は途中で山道に入り、田んぼの前で車を止めて言った。「ここで土づくり、田んぼづくりから始めて、無農薬の山田錦を作る予定なんです。もちろんその米で酒を造ります。ゆくゆくは、羊を放し、おたまじゃくしやメダカが泳ぐビオトープの里をつくり、子供たちに遊びに来てもらうつもりです」
赤泊に到着した後、「北雪」の近くにある「三益」という店に行った。そこには杜氏さんが、「YK35」の搾りたてを持って待っていた。「僕たちはいつでも食べられるから、江口さんどんどん食べてください」と羽豆社長がすすめてくれたのは紅ズワイガニ。カニ好きの私はうれし涙をこらえて、1匹まるごとバリバリといただく。うまい。そして「YK35」をグビリ。嫌みのない吟醸香がふわりと香り、味のバランスは抜群。そしてキレもいい。ああ、シアワセだ。
アイデアあふれるユニークな商品
「北雪」は4000石を11人の蔵人さんが造っている。原料米は100%自家精米だ。翌朝蔵へ行くと、出麹の作業中だった。麹は「杜氏さん」という製麹機で造ったもので、精白35%と40%のものはこれで造る。あの「YK35」も「杜氏さん」の麹だ。そのほかの麹はNOSという製麹機で造る。麹室は引き込みの時に使い、その後はすべて製麹機に盛るのだという。
釜場では、甑に米の張り込みをしていた。麹専用の500キロの甑と掛け米専用の800キロの甑の2つがある。連続蒸米機もあるのだが、甑のほうがいい蒸し米ができるとか。連続蒸米機は、米が若干軟らかめになるそうだ。
仕込み室には、蓋のある密閉式のタンクが並んでいた。一番大きいのが4トンのタンクだ。吟醸用には、700キロと1400キロのサーマルタンクがある。ここで、「YK35」のもろみを飲ませてもらった。搾る直前ということもあり、フローラル系の香りがして甘みがあり、激ウマだ。酒蔵に来ていつも思うのだが、このもろみをそのまま市販することができれば、かなり人気が出るのではないだろうか。実際は酒税法の壁があってできないのだが。
蔵の中では、先代社長の流れを汲む、「北雪」らしい面白いお酒もまだまだ健在だった。まず、室温10度の洞窟の中には、超音波熟成酒の「超熟酒」が眠りについていた。瓶の下にはブーンと低い超音波を発するプレートがしかれていて、この状態で2週間熟成させる。これは、船に積んで運んだ酒が、波に揺られて旨くなるということからヒントを得たもの。古酒のまろやかさと新酒のフレッシュさを兼ね備え、ドライなのにまろやかという不思議な酒になる。
室温0度の冷蔵庫の中には、喜多郎の環境音楽が大音量で流れていた。ここにある酒は、音楽を聴かせて寝かせた「熟成酒」。飲んでみると、ふっくらとしたふくらみがありながら、喉ごしはスッキリとしていて旨い。
羽豆社長が発案した「ガラス仕込み」という酒もある。専用の仕込み室には、ガラスタンクが5本並んでいた。透明なので中身が見え、櫂入れをすると、ブクブクと泡が上がっていくところが見える。1本が140キロの仕込みで、オーナーを募り、タンク1本丸ごと買い取ってもらうシステム。毎日の仕込みやもろみの様子は、オーナーさんに音入りの動画で配信しているという。
ノブ・マツヒサとの出会い
「ほかにも、佐渡金山の坑道で3年間寝かせた焼酎とか、ウイスキー樽で熟成した焼酎なんてのもありますよ。それから、29度のオンザロック用の日本酒。これはアメリカで売ろうと思っています」
じつは「北雪」の15%、600石は輸出用なのだ。これは、アメリカ在住のある日本人シェフとの出会いから始まった。彼の名前はノブ・マツヒサ(松久信幸)。「ザガット・サーベイ」のレストラン部門で1位になり、「ニューヨークタイムズ」で世界のレストランベスト10に選ばれた、日本食レストランのオーナーシェフである。彼の顧客には、マドンナ、スピルバーグ、ディカプリオなどのセレブが名を連ね、ロバート・デニーロは顧客であるとともに、ビジネスパートナーでもある。
ノブさんが「北雪」の酒を飲んでその旨さに感動し、お店で使いたいと佐渡に連絡をしてきたのは平成元年頃のこと。対応したのが今の羽豆社長だった。そのときの条件は、「海外で『北雪』が飲めるのは、自分の店だけにすること」というものだったが、羽豆社長はOKを出す。そのときはまだ、ノブさんの店はロサンゼルスに一軒だけだったので、「北雪」にとって大きな賭だったに違いない。
だが、その後ノブさんの店「NOBU」は、ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、東京など世界の各都市に23店舗を数えるまでに成長した。それとともに「北雪」の海外での評価も高まり、今では「NOBU」という名前で輸出もされて、世界主要都市の高級スーパーで売られている。
平成11年には、ノブさんとともにロバート・デニーロも北雪を訪ねて佐渡に来ている。「デニーロさんは、ものすごい酒好きで日本酒通。升のふちに塩を盛って、純米酒を飲んだりしていましたよ。そして、『北雪』の酒と佐渡をたいへん気に入ってくれました」と羽豆社長はそのときの思い出を語る。
先代社長の頃から、「北雪」は「遠交近攻」の戦略をとってきた。これは「県外でも海外でも、向こうで売れたものは巡り巡って地元でも売れるようになる」という理論に基づいたものだ。佐渡で一番小さな地酒屋だった「北雪」は、島内ではもう伸びる余地はないと考え、あえて東京に出て行った。佐渡の酒がまだ島内消費のみで、新潟にも出ていなかったときだ。これが功を奏して、250石から4000石へと飛躍的に大きくなったのである。
羽豆社長は言う。「目標は、海外1000石、国内3000石です。幸い、『NOBU』じたいが拡大しているので、その基盤は盤石。海外ではNOBUブランドでこれからもどんどん展開していきたいと思っています」
「北雪」は小さな佐渡ヶ島にとどまることなく、世界を相手に勝負をかけている。
株式会社北雪酒造
創業明治5年 年間製造量4000石
新潟県佐渡市徳和2377-2
TEL 0259-87-3500
http://www.sake-hokusetsu.com/
1「三益」 新潟県佐渡市徳和2330-1 TEL 0259-87-2172
2紅ズワイガニを山ほど食べた
3仕込み室
4大吟醸のもろみをいただく
5麹室
6製麹機「杜氏さん」
7製麹機「NOS」
8甑
9ガラスタンク
10ガラスタンクの櫂入れ
11お酒に音楽を聴かせている
12瓶の下から超音波を当てている
13「北雪」のお酒
14試飲販売所で試飲
15羽豆社長とともに
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