酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/千福

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千福という酒には、少々思い入れがある。私の祖父は大酒飲みだったのだが、飲む酒は千福一本槍だった。なんでも、戦争で海軍に行き、酒を覚えたのだそうだ。海軍で飲んだ酒が千福だったため、東京に戻ってきてからも千福を愛飲していた。家には千福の一升瓶入り木箱がいつも置いてあり、毎晩おいしそうに飲んでいたそうだ。祖父は私がまだ小さい頃亡くなってしまったので、一緒に飲む機会はなかったのだが……。

そんな思いから、千福のふるさと呉へ向かった。広島から呉へと続く呉線は、私の大好きな路線だ。電車は静かな海沿いを、ゆっくりと進む。ちょうど夕暮れ時で、鏡のような瀬戸内海に沈む夕陽がきれいだった。

呉に着くと、千福の芳賀徳晃さんと山根健さんが出迎えてくれた。さっそく千福の飲める居酒屋「利根」へ行く。呉には焼鳥屋が多く、飲み屋は通常焼鳥屋なのだそうだ。ここ「利根」も例外ではなく、呉名物の鶏皮の味噌煮や、小イワシの天ぷらをいただきながら、千福の生酒を飲む。中身はレギュラー酒だというが、やや甘口ながら、マイルドな飲み口に酒がすすむ。

私が祖父の話をすると、芳賀さんは「そうなんです。千福は、海軍から帰ってきた兵隊さんが、全国に広めてくれたおかげで大きくなった蔵なんですよ」と言う。

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千福は、明治35年に清酒醸造を始め、海軍購買部への納入をきっかけに、日本の全海軍区に販路が広がった。さらに積載した酒が、腐らず、変味なしという証明書をもらえたことにより、各艦、部隊への納入が増えていった。昭和8年には中国満州にも進出し、昭和16年には日本一の製造量を誇ったという。

次に案内されたのは、「ナポレオン」というバー。ここのマスター横山守さんは、日本のカクテルコンテストで優勝し、世界のカクテルコンテストでも第3位になったという実力者。バーは明るくきれいで、カウンターもテーブル席もあり、女性一人でも気軽に入れそうな雰囲気。つまみも充実している。

じつは横山さんが考案し、カクテルコンペで優勝した日本酒のカクテルがあり、そのベースが千福なのだ。レイズ・シャワーというこのカクテルを作ってもらった。オレンジとピーチにブルーキュラソーを少したらしたきれいなカクテルで、味はスッキリと甘すぎず、おいしい。このカクテルは、日本酒リキュールとして千福でも販売しているというから、明日はぜひ飲ませてもらわねば。

横山さんは、お酒にたいしてとても愛のある方で、話していて楽しかった。牡蠣とジュレがショットグラスに入ったオイスターシューターは激ウマだったし、横山さんのマティーニは、瀬戸内に浮かぶ小豆島のオリーブを使った優しい味。近くにあったら、間違いなく通ってしまいそうなバーであった。

最後は蔵本通りの屋台街へ。呉には全国でも珍しい、電気と上下水道が整備された屋台街がある。ラーメンやおでんの屋台に混じって、最近は創作料理のおしゃれな店もできてきた。私は〆のラーメンを食べたのだが、これがあっさり醤油味に魚介のダシがきいていて美味。こうして深夜まで呉の町を堪能したのであった。

5つの蔵を2つに集約

翌朝、車で蔵へ行く途中、目の前にそびえる山を指さして、芳賀さんが言った。「あれが標高737メートルの灰ヶ峰です。千福の仕込み水は灰ヶ峰の伏流水で、中軟水です。山の上からは、呉の港町が一望できて、夜景はとくにきれいですよ」

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千福には5つの蔵があったが、平成13年に起きた安芸灘を震源とする地震で、3つの蔵が被害を受けたのをきっかけに、2つの蔵に統合したという。ひとつは平成13年に新築した呉宝庫(ごほうぐら)で、主に特定名称酒を造っている。もうひとつは昭和63年に新築した吾妻庫(あづまぐら)で、千福の80%の製品を醸造している。

「10年ほど前は、すべての蔵が稼働していて蔵人も80人くらいいたのですが、今では2つの蔵で13人です。昔は人数が多かったせいで、仲間割れもしょっちゅうでしたが、今残っているのはいい人達ばかりなので、和気藹々と造っていますよ」と、杜氏の瀬戸富央さん。瀬戸さんは、酒造り歴15年、杜氏になって8造り目だ。

彼の前任の土居杜氏は、山田錦、熊本酵母、35%精米の「YK35」を確立した杜氏として有名だ。さらに明治時代にさかのぼると、低温発酵や麹の作り方を研究し、軟水醸造法を広めたのは、安芸津杜氏の三浦仙三郎である。両杜氏とも、蔵の垣根を取り払い、惜しげもなく自分の技術を全国に広めたところが似通っている。広島が「酒どころ」なのは、酒蔵の数が多いだけではなく、このような歴史があるからなのである。

大衆酒としての使命をもって

まず、吟醸酒を造っている最中の呉宝庫を見せてもらった。米は麹米と大吟醸はすべて手洗いで、甑は3段式。仕込みタンクはすべてサーマルタンクで、2トン仕込み。コンピュータで温度管理をしている。麹室はステンレス張り。大吟醸は箱で、ほかは天幕式の製麹機を使っている。吾妻庫は、7トン仕込みなので、連続蒸米機で米を蒸し、円板式の製麹機で麹を造っている。

米はレギュラー酒の麹米と特定名称酒は、すべて八反錦など広島の酒造好適米を使っている。酵母も広島県産だ。「千福は広島のナショナルブランドなので、メイドイン広島を目指してやっています。全国の鑑評会では、ほぼ毎年金賞を受賞していますが、とくに重要視はしていません。うちは9割がレギュラー酒、大衆の酒ですから」と瀬戸さんは言う。

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では、その酒を飲ませてもらおうと、試飲販売所へ行くと、「まずこれを食べてみてください。うちの看板商品なのでぜひ」と言われ、出てきたのは酒ではなく、ソフトクリームだった。甘酒ソフトクリームということで、食べてみるとたしかに酒粕の味がしておいしい。酒飲みにとっては、甘すぎないところもいい。

気を取り直して次はお酒を。「吟醸」は、辛口でスッキリ。香りはほんのりとして上品だ。千本錦100%で醸した「純米大吟醸 蔵」は、味吟醸で酸もあり、これなら食中酒としてもイケそうだ。

昨日飲んだカクテル、「レイズ・シャワー」シリーズも飲んでみた。「ピーチなさくら」は、甘酸っぱくてサッパリしている。「グレープなひめゆり」は、ブドウの味と香りがほんのりして旨い。「レモンなひまわり」は、かなり酸味がありさわやか。どれもアルコール度8%の日本酒リキュール。甘さは蜂蜜なのでヘルシーだし、微炭酸が効いている。これはなかなか完成度の高い酒ではないだろうか。

帰りに呉駅前の「大和ミュージアム」に寄り、軍港として栄え、後にその技術力を生かして、多くの産業を発展させた呉の歴史に思いをはせた。呉と共に、戦前、戦中、戦後と激動の歴史を歩んできた千福。これからも、酒を愛する人々に、たくさんの福を与え続けていくことだろう。祖父が天国で飲んでいる酒も、きっと千福に違いない。


外観*.jpg株式会社三宅本店
創業安政3年(1856年) 年間販売石数2万1千石
広島県呉市本通七丁目9番10号
TEL0823-22-1029
http://www.sempuku.co.jp





1小イワシの天ぷら(利根にて)
2内野静男社長
 居酒屋利根 広島県呉市本町2-2 TEL0823-24-6166
3レイズ・シャワー(ナポレオンにて)
4横山守さん
 ナポレオン 広島県呉市中通3-5-12 TEL0823-22-6090
5酒母タンク
6仕込み室
7蒸し取り
8自然放冷
9麹の種付け
10試飲販売所
11千福のお酒
12瀬戸富央さんとともに



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