大七に始めて行ったのは2000年の冬だった。その頃はまだ古い蔵だったのだが、当時もうすでに新蔵の設計図は出来あがっていて、完成予想図を見せてもらった。それはフランスのシャトーかと見まがうような建物で、完成後はぜひ実物を見に来たいな、と思ったものだった。
今回やっとその思いが実り、大七の新蔵取材が実現したのだ。ワクワク。取材前夜、蔵の前にある居酒屋「御蔵」にて、太田英晴社長と会食。飲むのは「雪しぼり」という薄濁りの微発泡酒だ。これが口当たり良く飲みやすいので、スイスイと飲めてしまう。ウマい。
太田社長によると、新蔵の建設は、2001年から2005年にかけて行われた。とにかく大七は生もと造り一筋の蔵。速醸もとと違い、蔵つき酵母や蔵にいる微生物が微妙に作用する造り方なので、一気に前の建物を壊して、新しい建物を建てることはできなかった。槽場、仕込み室、麹室、そして最後にもと場、と徐々に移動したのだという。もと場は旧蔵の壁をはがして移築したとか。たいへんな作業だったようである。
ところで、太田社長が東大卒なのは、業界では有名な話。「卒業後、どこに勤めたんですか?」と聞くと、どこにも勤めず、すぐ家業を継いだらしい。1985年のことだった。もともと、生もとの酒は蔵の個性としてブレンドしていたのだが、それを昭和50年代に先代の社長が無鑑査の2級で出したのが最初。その後、純米生もとを1級で出した。それらの評判が良かったので、太田社長が戻ってきてから、生もとの商品開発に取り組むようになったという。
「吟醸酒が一番いい酒だという概念を打ち破りたい、と思っています。純米酒に一番の酒があってもいいでしょう?」
と太田社長はおだやかに夢を語るのだった。
新蔵でもこだわりの造りは変えず
翌日は朝から雪が降っていた。事務所から蔵には、中庭を回って行かなければならない。「サンダルをつっかけて簡単に行けるようなつくりにしたくなかった。それほど蔵は神聖な場所なのです」と太田社長。蔵の入口には酒造りの様子をあしらったステンドグラスがあり、その枠は古い酒道具だったという。これも、蔵人たちがこれを見て、神聖な気持ちになればという願いをこめている。
さっそく2階に上がると和釜と甑が2つずつあった。和釜は昔から使っているものだが、かまどは今回新しく作ったという。「これがとても大変で、まず作る人がいない。これを作った人も、『こんな大きなかまどをつくるのは何年ぶりか。たぶんこれが最後の仕事になるだろう』と言っていました」と太田社長。たしかに新規の蔵で和釜を使うのはめずらしく、近代的な蔵ではみなボイラーの蒸気を使う。
しかし、大七には和釜への強いこだわりがある。太田社長は、「ボイラーの蒸気は弱く湿った蒸気。和釜は、始めは湿った蒸気だが、後になるほど乾いた高温の蒸気が出る。これによって、外硬内軟の理想的な蒸し米ができるのです」と言う。
大七ではまた、米の種類をあまり使わない。たとえば山田錦は柔らかく、五百万石は硬い米。それらが甑の中で混在していると、均一の蒸し米ができない。だから、12月まで五百万石だったら、1月からは山田錦というように、時期によってひとつの品種を使用しているという。
3階の麹室は4室あり、もと、添え、仲、留めの4種類を造り分けている。もと麹は麹蓋で造り、中を見ると、真っ白に麹菌が生えていた。逆に留め麹になると、つきはぜの乾いた麹だ。最近では、オールステンレスの壁でエアコンが入った室も多いが、大七は木の壁にこだわる。「ステンレスは結露して、カビが生える。木の壁は湿気を吸収してくれるのです」と太田社長は言う。
材料は樹齢99年の大木。立木の時から目をつけていて、丸太で購入し、自社で製材した。麹室は、フシがなく厚みのある壁が良いので、厚く製材し、夏に枯らして、地元の大工さんに作ってもらったという。また、天井には野白式の換気口がついている。2つ対になった換気口の両方を開けると自然に対流が起こり、ファンがいらない。先人の知恵である。
次に、いよいよ生もとの殿堂大七の心臓部、もと場へ。純粋な酵母でいっぱいの生もとの泡は、真っ白だった。太田社長によると、速醸もとの泡は酵母数が多いのでクリーム色だという。食べさせてもらったら、ヨーグルトのようで、速醸もとほど酸っぱくなく、甘みがあった。これも生もとの特徴だ。
生もとは、最初の弱い酵母は殺して、最後に強い酵母だけが残った状態だ。だから、低温に強く、寿命が長い。だから、生もとは低温での長期醗酵ができるのだ。速醸もとの場合は、酵母の数は多いが弱くて死んでしまうので、温度を下げたくても下げられない。また、弱い酵母が死滅すると雑味になるが、生もとでは強い酵母ばかりなので、雑味が少ないのだという。
次は仕込み室。すべて開放タンク、そして泡あり酵母だ。「泡なし酵母では、少し味がさみしくなりますね」と太田社長。木桶も二本あり、昔の木桶を再利用して作ったものだ。「ワインの最高峰、ロマネコンティのワイナリーで木桶を見て、木桶仕込みを始めました」とのことである。
1階は槽場で、ヤブタが3台、フネが2台あった。5000石にしては、贅沢な数である。また、貯酒室は夏に井戸水を循環させ、冷房ではなく自然に18度くらいまで温度を下げている。この設備は東京以北では初であり、「貯蔵蔵の中にも四季があったほうがいい。そのほうが、良い熟成をするのです」という。
最後に、大七のもうひとつのキモである、精米所を見せてもらった。古い機械が5台、新しい機械が2台あり、醸造部員15人のうち、3人が精米に携わっているという力の入れようだ。削ったお米を見せてもらうと、丸くない。表面だけ削れているので、お米の形をしているのだ。これが、米の本当に雑味になる部分だけを削る、扁平精米である。手動で制御する古い機械のほうがよく、精米担当の技に大きく左右される。超扁平精米になると、50%削るのに丸5日かかり、担当者は夜中でも出てくるという。しかし、超扁平精米は、50%で普通の精米の35%よりもはるかに薄いという優れた精米法なのだ。これでさらに雑味のない酒ができるというわけである。
ホスピタリティのある酒蔵を目指す
工場を離れて事務所棟に戻ってくると、今度は利き酒タイムであった。それも豪華なVIPルームに、田崎真也考案の利きグラスが並び、下のプレートにも利き猪口をイメージした模様がついている。
「うわ〜、すごいですね。感動です」
「うちは、ホスピタリティのある酒蔵をめざしています。以前、フランスのワイナリーを訪問したとき、温かいもてなしをうけましてね。VIPルームに通してもらい、テイスティングをさせてもらったのです。その体験から、こういう部屋をつくったのです」
グラスの前に座り、待っていると、しずしずとお酒が運ばれ、女性が注いでくれる。まず「純米生もと」だ。コクがあって骨太だが、後味がスッキリとしてきれいな酒。お燗にも向くだろう。「純米吟醸 皆伝」は、ギフトで1升5000円のお酒。「お燗にしてもいいので喜ばれています」というだけあって、落ち着いた香りと味が口の中に広がる。「純米大吟醸 箕輪門」は、「利き酒師100人が選ぶ清酒」の2年連続第一位のお酒。繊細で柔らかい味わいで、香りが穏やかなので食中酒としていいだろう。しかも、これならしっかりしたお料理でもOKだ。太田社長も「お酒はグレードが上がっていくほど、メインディッシュに合わなければダメだと思っています」と言う。最後に出てきたのは純米生もとで漬けた「梅酒」。甘すぎず、酸味があって激ウマ!梅の味がしっかり出ている。4合瓶で2480円のお値段にも納得だ。
利き酒が終わると、応接室に昼食が用意されていた。美しく盛りつけられた一品料理が並ぶ。これが奥様の手作りと聞いて、さらに感激! 昨夜も飲んだ「雪しぼり」で乾杯だ。太田社長はこの日一日私のためにあけてくれていたようで、最初から最後までずっと蔵をまわりながら説明してくれた。そのホスピタリティに感謝である。
社員の皆さんに見送られて蔵を離れても、まだ夢見心地だった。すばらしい空間に、こだわりの造り。新しさと古さが、見事に融合していた。理想の新蔵を作り上げた太田社長は言う。
「これまで数百年続いてきた酒蔵です。この先数百年を見すえて蔵を建てました」
こうした志の高さが、大七の旨さの源なのである。
大七酒造株式会社
創業宝暦二年 年間製造量5000石
福島県二本松市竹田1丁目66
TEL 0243-23-0007
http://www.daishichi.com
(キャプション)
1居酒屋「御蔵」 福島県二本松市竹田1-40 0243-22-2921
2蔵の入口にあるステンドグラス
32つ並んだ甑
4蒸しとり
5麹の種切り
6麹室
7生もとの酒母
8仕込み室
9もろみ。泡あり酵母なので泡切りをしている
10木桶の櫂入れ
11超扁平精米を生み出す精米所
12テイスティングルーム
13テイスティンググラス
14テイスティング中
15大七のお酒
16太田社長の奥様手作りのお料理
17「雪しぼり」で乾杯
18太田英晴社長とともに