「七夕」を代表銘柄とする田崎酒造の創業は明治20年。「古来よりまれに見る銘水」といわれるほどの水を探し当てた初代当主が、市来(いちき)の地に蔵を構えたことがはじまりだ。「七夕」の名の由来となる行事は、旧暦7月7日に行われる華やかで勇壮な市来の「七夕踊り」である。五穀豊穣の祈りと神への感謝をこめて毎年続けられているこの踊りは、数百人が出場する大規模なものだという。
石室での麹造り
蔵は5年前に新しく建て直したそうで、現在は最大2万石まで造る能力がある。製造課長の野崎充紀さんに案内してもらうと、ちょうど11人の蔵人さんが総出で、麹室に麹を運んでいるところだった。麹室は石室で、昔はすべてこの室で麹を造っていたのだという。ドラム式の製麹機もあるのだが、やはり手造りの麹のほうがいい酒ができるとか。そこで、今はドラムで造った麹と石室で造った麹を合わせて使用している。
ドラムで米を蒸して種付けしたものを一晩おき、翌日麹室に運び、切り返して盛る。麹室に引き込んだあと、一回手入れをする。黒麹の場合は、一時間〜一時間半、手入れの時間を遅らせる。すると、黒麹由来の苦みが出ないのだという。こうして合計40時間で麹ができあがる。
米は主に国産の食米を使う。見せてもらうと、丸いきれいな米だった。造りにかかわっている田崎周二専務が麹造りに厳しい人で、昔の杜氏さんから受け継いだ技を今もかたくなに守っている。「とにかく麹が味の決め手」と野崎さんは言う。
芋は焼き芋焼酎の「鬼火」以外は生芋を使う。それも今年から、洗ってカットした「トリミング芋」を仕入れている。以前は芋を洗うのに、毎日40トンの水を使っていたので、その排水を押さえることで環境に配慮した。また、芋をそのまま仕入れると、2割前後はロスが出るのだが、トリミング芋ならそのリスクはない。コストはかかるが、業者の責任でいいものをもってきてもらえるので、酒質を優先したら、トリミング芋のほうがいいという。
米麹の一次仕込みをして6日、芋をかけて8日目で蒸留する。もろみ管理温度は28〜30度だ。もろみの温度管理をするためのコンピュータは入っているが、ほとんど使っていない。野崎さんは、機械任せにせず、夜も出てきて、もろみと麹の管理をしている。
仕込み室には一次用の17キロタンクが7本、二次用の50キロタンクが8本並んでいた。そのほかに、一次もろみに芋をかける二次仕込みタンクが2つ。これは昔ながらの開放タンクであった。工場を建て替えるとき、昔からの味を変えたくなかったので、麹室とこの開放タンクだけは残したのだという。
蒸留器は計6基。3トン用が4基、1トン用が2基である。野崎さんによると、小さい蒸留器の方が甘みが出るそうだ。朝6時から蒸留を始め、1回3時間の蒸留を1日3回行う。
その後濾過をして、レギュラー酒でもタンクで半年から1年以上寝かせてから出荷する。新酒は出さないのが「七夕」のこだわりだ。古酒貯蔵タンクは工場とは別のところにあるそうだが、これは企業秘密だとのことで、見ることはできなかった。
万人受けより個性的な酒を
その後、田崎専務からお話を伺った。田崎専務は、大学を出てからサラリーマンをしていたが、15年ほど前に蔵へ帰ってきた。お父さんの代からの杜氏さんがまだ働いていた時代で、その下で修行を積み、瓶詰めも造りも、すべて経験したという。
当時の工場は今の10分の1くらいの規模だったが、6〜7年前から徐々に製造量が増えていった。とくに焼酎ブームの頃、レギュラーの「七夕」が伸び、今では8割が県外への出荷である。
造りのポイントはやはり麹で、麹の出来不出来でかなり酒質が左右されるという。白麹と黒麹のほかに、黄麹も造っているが、100%黄麹はあまり好きではないそうで、白麹の一次仕込みに芋をかけるとき、黄麹を添えてやるという。するとコクが出るのだとか。これが長期熟成酒の隠し味になるのだ。
焼酎メーカーの麹造りというと、三角棚が多く、麹室、それも石室があるのはきわめて珍しい。自動ドラムは便利だが、コンピュータによる細かい温度管理ができないので、石室のほうがいい麹ができるという。
もうひとつのポイントは、熟成である。「新酒は芋の特徴は出るが、味が荒かったり、ピリピリするような気がします。うちは代々、半年以上たったものが旨いと思っていますから。原料のコクが少し薄れてアルコールに丸みが出てくる頃合いを見て、出荷しています」
酒質を決める芋については、トリミング芋にしてよかった、と言う。土をかぶっていないので、芋の状態がよくわかるのだ。そのため、酒質は今年からまた一段と良くなった。
もろみ管理をコンピュータに頼らないこともこだわりだ。コンピュータでは微妙な設定はできない、という。本当は櫂入れもしたいが、タンクが大きくてできない。そこでポンプを使って循環させたりもするが、なるべくもろみの自然対流に任せるようにしている。エアーでの攪拌は、もろみが酸化するので行っていない。
蒸留は、常圧蒸留のみで、減圧は造らない。大小の蒸留器で違う味になるので、ブレンドして味を一定にしている。やや甘口に造るのがポイントで、あっさりした感じよりは、コクのある感じに仕上げたいという。末だれのカットする度数は高め。下げると昔の芋焼酎のようになって飲みにくいらしい。
話を聞き、麹造りから蒸留まで、妥協を許さずきっちりと造っている様子がよくわかった。では、そのお酒を飲んでみよう。
まず、スタンダードの「七夕」。コクはあるが、重すぎず、甘みもさわやかでバランスが良い。「七夕黒」は、「七夕」よりコクが深く、複雑さが増す。白麹・黒麹のブレンドである「蔵酔笑」は、まさに「七夕」と「七夕黒」の中間の味わいだ。
2年熟成の「南の夢」は、ものすごく甘みがあり旨い。千日貯蔵の「千夜の夢」は、インパクトがありガツンとくる味。焼き芋焼酎の「鬼火」は、ほのかに香ばしさがあり甘みも強い。
トウモロコシ麹にさつま芋をかけた「魂麹」は、軽やかでライトな味わい。黒麹に焼き芋をかけた「鬼火黒」は、コクと甘みがあり旨い! 5年ものの「七夕 古酒」は、めちゃくちゃまろやかで飲みやすかった。
無濾過の「七夕」は、フーゼル香があり骨太な印象。「七夕黒」の38度原酒は、キャラメルやバニラの香りがして飲み応えあり。「鬼火」の古酒は、25度なのに、ものすごく味があり、深い。最後に終売になった「万夜の夢」を特別に飲ませてもらった。これは35度米焼酎の51年もの。これが激ウマ!度数が高いのに、アルコールっぽさがなく、スイスイと飲めてしまうのであった。
これらは全部ストレートで試飲したのだが、その後お湯割りにして再度味をみさせてもらった。すると、いくつか印象の変わったものがあった。まず、「千夜の夢」がすごくバランス良く旨くなった。「魂麹」は甘みを増し、「鬼火黒」は甘みやコクがきわだって旨さが倍増。「七夕」の古酒は、ストレートのほうが旨かったが、「七夕」の無濾過は、お湯割りにすると、がぜん花開いて激ウマであった。
どれも細かいところまで神経を使い、丁寧に造られているお酒らしく、コクや旨みがありながら、まろやかでやさしい味わいだった。田崎専務は言う。「酒は万流ですから、いろんなお酒があっていいと思います。飲む人によっていろいろな好みがあるので、酒にも個性が必要。万人受けを狙うのではなく、うちの酒を気に入ってくれる人に飲んでもらえれば、それでいいのです」
鹿児島市来の地酒は、派手さはないが、頑固なまでに地に足のついた、いぶし銀のような酒であった。
田崎酒造株式会社
創業明治20年 年間製造量1万5000石
鹿児島県いちき串木野市大里696
TEL0996-36-3000
http://www5.ocn.ne.jp/~tasaki/
1麹を造るドラムを開ける
2麹室へ麹を引き込む
3麹を盛る
4二次がけ用開放タンク
5蒸留器
6個目の浸漬
7芋蒸し器
8試飲中
9「田崎酒造」のお酒
10田崎専務とともに