酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/月山

タイトル.psd

月山というと、山形県は出羽三山の主峰を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、島根県にも月山がある。500年前、現在の安来市広瀬町に「月山富田城(とだじょう)」という城が建っており、その麓にで醸され、藩主に献上された酒を「月山」というのである。

「月山」の5代目蔵元・吉田智則さんは、蔵へ戻ってきて5年目。酒造りを始めて4つくり目である。昨年から「智」という自分の名を冠した酒を、一人で造っている。今年は600キロの佐香錦を55%に精米し、麹も酒母も全部自分で手造りして、酵母もいろいろ混ぜて、タンク一本仕込んだ。今年の「智」はまだタンクで発酵中だったので、昨年の「智」を飲ませてもらった。やわらかくコクがあり、まろやか。バランスも良く、スルスルと飲めてしまう。う〜ん、ウマい!

小さな仕込みで丁寧に醸す

「月山」では、吉田さんを含め、7人で700石を造っているという。吉田さんの案内で、蔵を見学させてもらった。麹は普通酒に至るまですべて手造りだ。この日は普通酒の麹だったので箱だが、大吟醸の麹は蓋で造っている。特に吟醸麹造りは、麹室の横に寝床を作り、毎晩2時間に一回は起床し、徹底した温度管理をするという。

1.psd2.psd3.psd4.psd

仕込み室には1300キロの開放タンクが並ぶ。小さな仕込みだ。自動で冷水システムはあるが、コンピュータなどはなく手造り。大吟醸、純米大吟醸は、添え仕込み用に小さいタンク(枝おけ)を使う。全量泡あり酵母なので、タンクの中はぶくぶくと泡立っていた。

冷蔵庫の中には鑑評会用の斗瓶が並んでいた。「月山」の全国金賞受賞歴はかなりのもので、全国2位の実績。金賞を逃した年も、ほぼ入賞はしているというからたいしたものだ。冷蔵庫には、瓶火入れした特定名称酒も寝かされていた。
 
槽場には、ヤブタ1台とフネ1台。フネにはちょうど八反の純米吟醸がかかっていた。フナ口からたれるお酒を利いてみる。やわらかくて口当たりものどごしもいい。

精米所には精米器が1台。全量自家精米だ。使う米は、普通酒以外は全量酒造好適米で、山田錦、八反、改良雄町、佐香錦、神の舞、五百万石を使用。とくに島根の酒造好適米・佐香錦は、吉田さんのお姉さんが命名したとか。これは島根県にある佐香神社からとった名前である。

佐香神社は、酒造りの神様と言われており、酒を醸すことを特別に許可された神社として、毎年どぶろく祭りが行われることでも知られている。出雲国風土記にも、「そこに神々が集まり、酒を造って酒盛りをしたので、この地を佐香と言うようになった」という記述がある。また、この佐香が酒の古名に該当することから、この地を日本酒発祥の地だとする説もあるほどだ。

ちなみに島根県はかなりの酒どころである。人口は47都道府県中46位と多くはないが、清酒蔵は40を超えており、また、成人一人あたりの清酒消費量は、新潟県、秋田県に次ぐ第3位となっている。

名水百選の仕込み水


「月山」の仕込み水は超軟水で、「島根の名水百選」にも選ばれた湧き水だ。しかもこの水は、松江藩七代藩主・松平不昧が提唱し、今も多くの門下生を有する茶道の一派「不昧流茶道」史上で最高の水と伝えられている。そのため、「月山」では蔵の中にある茶室で、年に数回、この仕込み水を使ったお茶会が開かれているという。

5.psd6.psd7.psd8.psd

「この水を使ったお酒はやわらかく優しい味わいになります。さらに出雲杜氏は温度を高めにして味を出すので、うちの酒には旨味があります。飲んでみますか?」ということで、「月山」のお酒を飲んでみることに。

まず「本醸造 生貯蔵酒」から。口当たりは辛口だが、あとに芳醇さがひろがる良酒である。「純米」はガッシリしていながら口当たりはやわらかい。酸も適度にあるので、お燗向きかもしれない。「大吟醸」は、香りがほどよく上品。「月山」にしては辛口か? 「純米吟醸」は、口当たり良くコクもありやわらかい。これが一番「月山」らしいかもしれない。最後に「普通酒」を飲ませてもらったら、これが目から鱗。甘辛のバランスがすごく良くて、アルコールっぽさもなくすごく飲みやすい! 

「普通酒が一番旨いです」と正直に言ったら、「うちは8割が普通酒ですからね。主力商品をほめていただいてうれしいです。普通酒が旨いのは、空気がきれいで水が良いからではないでしょうか」というお言葉。「島根では、通常の醤油と刺身用の醤油を分けるのが一般的です。刺身醤油は少しとろみがあり、やや甘口の濃い味のする醤油です。この醤油に合わせるため、島根では芳醇な酒が醸され飲まれてきました。『月山』も、芳醇な旨みをもつ酒に主眼をおいています」

この酒を造り続けて45年、「現代の名工」と「黄綬褒章」を受賞している名杜氏・田中義弘さんの話を聞いた。吉田さんのお父さんで現在の社長より、杜氏のほうが蔵の仕事は長いというから、まさに「月山」の生き字引である。

9.psd10.psd11.psd12.psd

「月山」の造りのポイントは、まず「水」だという。「米洗いから仕込み水を使っていますが、超軟水で硬度が低いので、変な菌がつかないのです。もちろん割り水にしても、やわらかいのでおいしくなります」

また、酵母もポイントだ。昔からの蔵内酵母(家つき酵母)が良くなかったので、徹底的に蔵をきれいにしたという。たしかに「月山」の蔵の中はピカピカで、私が見た日本酒蔵のなかでも、きれいさは3本の指に入るのではないかと思われる。

そして酵母はすべて泡あり。「泡ありの方が、きれいな軽い酸が出るのです。昔からの酒の味が出るといいましょうか。手間がかかってめんどうではありますが、発酵状態が泡を見ればよくわかります」

こうして「月山」で分離された酵母に、島根県のSY酵母がある。香り系の酵母で、島根の酒がこの酵母によって格段に良くなったと言われている。「この酵母でずっと金賞をとっていたのですが、ある時泡の状態が変わってきたのです。それでやめて、最近は広島酵母を使うようになりました」

その田中杜氏も今シーズンで引退し、新しい杜氏さんを迎えるという。今年はその引き継ぎをしているところだ。吉田さんも蔵の仕事に慣れ、「智」を一人で造れるまでになった。これから「月山」は転換期を迎えるのではないだろうか。

吉田さんは言う。「特定名称酒を増やしたり、首都圏に出て行ったりと、まだやりたいこと、やらなければいけないことがたくさんあります。造りの改革もしていきたいけれど、職人の世界ですから、私の言うことが受け入れられるか難しいところです。今後は『智』の善し悪しで、変わっていくのではないでしょうか。『智』とともに、歴史ある『月山』を、さらに成長させていけたらと考えています」

「月山」の将来を背負って、「智」を大きく育てていけるか。「月山」は今、大きな岐路に立っている。

外観.jpg
吉田酒造株式会社
創業文政9年(1826年) 年間製造量600石
島根県安来市広瀬町広瀬1216
TEL0854-32-2258
http://www.e-gassan.co.jp






1出麹
2麹の手入れ
3「智」のタンクと智則さん
4蒸し取り
5しぼりたてを味見
6冷蔵庫に並ぶ斗瓶
7数々の受賞トロフィー
8「月山」のお酒
9安来名物ドジョウ鍋
10利き酒
11蔵から臨む月山
12月山富田城跡

▲ ページトップへ

オヤジ飲みツアー

飲み比べシリーズ

世界の酒を飲みつくせ!

酔いどれエッセイ