酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/独歩ビール・極聖


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私が酔っぱライターになったときが、ちょうど地ビール元年で、日本中あちこち取材に行ったものだった。独歩ビールは当時からメジャーな存在で、全国で9番目、中国地区では一番最初に製造を開始した。96〜97年には生産量全国一位になったという有名な地ビールだ。

そんな独歩ビールを訪ねて岡山へやってきた。出迎えてくれたのは、宮下酒造の専務で工場長の宮下晃一さん。そして、営業部長の小西信明さんだ。

二人に連れられてやってきたのは、海賊・温羅家(うらんち)というおしゃれなお店。ここでは独歩ビールの樽生が、一杯480円で飲めるのだ。さっそく駆けつけ一杯。お、これは、フローラル系のホップの香りが立ち上り、スッキリ雑味のないビールではないか。地ビールにありがちな重さや飲みにくさはまったくない。それでいて、ホップやモルトの香味はしっかりと出ている。

「他の地ビールの多くは上面発酵ですが、独歩ビールは基本的に下面発酵です。それでドイツやチェコのビールみたいに、スッキリしているのが特徴なのです。創業当初にドイツ人のブラウマイスターを招聘しましたので、今のビール職人は、2年間彼のもとで修行しています。プラントも原料もすべてドイツ式。まあ、明日工場を見に来てください」

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そう言う宮下専務も、じつは広島大学・大学院で発酵工学を学び、また、その間の3年間、東広島の酒類総合研究所で研修生として酒類の醸造を学んだプロである。家業を継ぐために帰ってきたのが10年前だ。

「専務が戻ってきてから、ビールも日本酒も、酒質がグンと上がりましたよ。それはもう、昔とは比べものにならないくらいです」と小西さん。

「とくに独歩ビールは、大量の注文をさばくため、じっくりつくったり、充分熟成したりできずに出荷してしまったこともあったみたいです。思えばそこは反省点ですね。今は注文が落ち着いているということもあり、酒質は安定していますよ」

この店にはピルスナーしかないが、ほかに独歩ビールは10種類くらいあり、明日味見させてもらえるそうだ。楽しみである。

などと話をしていると、ままかりの南蛮漬けやさわらのお刺身などが出てきた。せっかくなので、日本酒もいただくことに。宮下酒造のお酒は極聖(きわみひじり)という。ちょっと読みにくいのが難点だが、一度見たら忘れない名前だ。

極聖は全国新酒鑑評会で、岡山県では金賞を最多受賞している実力の持ち主。その金賞受賞酒である大吟醸を飲んでみた。香りが華やかで、後味はスッキリ。なるほどこれは非の打ち所がない。焼酎もつくっているというので、「鬼神」という米焼酎の原酒を水割りにして飲む。おお〜、これはまったくクセがなく、まろやかで旨い。

最後はこのお店名物のもつ鍋で〆。だしが甘すぎず辛すぎず、あとをひく旨さ。もつを食べた後に入れるちゃんぽん麺もおいしくて、最初から最後まで満足できるお店であった。

車でいえばベンツクラスのビール釜

翌日、岡山駅から山陽本線か赤穂線でひとつ目の駅「西川原」へ向かった。駅から数分で「独歩ビール」の大きな看板が見えてくる。この看板は新幹線からも見えるそうだ。

さっそく宮下専務の案内でビール工場へ。精米所だったところを、16年前に2億5千万円かけて独歩ビールのブルワリーにしたという。そのため、現在日本酒の米は委託精米をしている。

独歩ビールという名前は、日本のマイクロブルワリーとして、独立独歩、特色のある、信念のビールを醸造しようという心意気を表している。その気概は、ビールの仕込み釜からも見て取れた。釜の脇には「シュルツ社製」と書いてあるではないか。シュルツと言えば、「ビール釜のベンツ」と言われる超高級品。

「設備投資の6〜7割はこの釜にかけています。こんな高い釜使っているのはうちぐらいでしょうね」

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私も地ビール工場は50軒以上見ているが、シュルツの釜を見たのは8年ぶり、2軒目である。ちょうどデュンケルの仕込み中だったので、糖化温度を変えてコクを出すデコクション法を行っていた。麦汁は糖化・濾過後、煮沸時にホップを投入し、熱交換機を通して8度まで温度を下げ、発酵室に送る。発酵室では8〜9度で1週間ほど発酵させる。

発酵が終わると、貯蔵タンクに移され、0〜2度で1〜3ヶ月熟成する。この貯蔵室、めちゃくちゃ寒い。タンクだけ冷やすのではなく、部屋全体を冷やす方式で、4000リットルのタンクが20本並んでいる。

ここでは貯蔵タンクから直接ビールを注いでもらった。副原料に60%精白の雄町米を使った雄町米ラガー。キリッとした苦みがきいていて、スッキリとしたビールだ。貯蔵タンク直結なので、さすがによく冷えているしウマい。

日本酒のほうは、今年のつくりが始まる直前だったので、蔵は静まりかえっていた。二段式のステンレスの甑は、もうすぐ張り込まれる米を待ちかまえているようだった。

麹室は2つ。吟醸用の室には麹蓋が並んでいた。吟醸はすべて麹蓋でつくるのだそうだ。そのほかの一般酒は、もうひとつの室にある、回転型天幕式の製麹機でつくる。

酒母室は空調設備のある独立した部屋で、仕込み室には2トン仕込みの密閉タンクが並ぶ。吟醸の仕込み室は、別に空調設備のある部屋があり、タンクは600キロの開放式だった。

良い酒をつくるためにどうすればいいか、練り上げられた蔵という印象。とくに、麹や酒母に神経を使っているように思われた。

ビールも日本酒も、きれいで個性豊か

その後事務所に戻り、ビールと日本酒の試飲をさせてもらった。まず独歩ビールから。ヴァイツェンは、よくあるコッテリ甘いタイプではなく、さっぱりした白ビールという感じ。ボックはホップがきいていて、苦みもしっかりあり、飲み応えあり。

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デュンケルは、あのビール好きの作家、椎名誠のお気に入りで、岡山に来ると必ず飲んで帰るそうだ。香ばしい香りで後味はサッパリ。味はあるのに飲みやすくて、グイグイ飲めるところが素晴らしい。シュバルツはほんのりとした甘みと苦みのバランスが良く、うまくつくった黒ビールという感じ。

フルーツビールも二種類あって、まずマスカットピルス。これはぶどうの風味たっぷりで、炭酸入りのぶどうジュースに近い感じ。そしてピーチピルスを飲んでみたら、驚きの旨さ!ビールの良さとピーチのおいしさのいいとこ取り。甘みを抑えた絶妙な味わい。酸味もあってすごくおいしい!シャンパン風味のビールと言ったら言い過ぎか?

さて、気持ちを切り替えて日本酒を飲んでみよう。極聖でもっとも売れ筋の「一番滴」。岡山産朝日米100%の純米酒で、適度な酸、ほんのりとした吟醸香、そして米の旨味もあるという、とてもバランスの良いお酒。これが売れるのはわかるな〜。

「特別純米 高島雄町」は、骨太でふくらみもあって、しっかりとした酒。ちなみに高島雄町は雄町の元祖。赤磐雄町のほうが有名だが、これは高島から持っていって栽培した米だということだ。

比較のために飲んだ「特別純米 山田錦」は、繊細で女性的。優等生的なので、雄町のような面白味には欠けるが、よくできた酒である。

ビールも日本酒も、思ったよりおいしくて、すごく良いできではないか。とくに独歩ビールのできばえは素晴らしい。

「じつは4年後にうちの会社が100周年を迎えるのです。それに合わせてビアパブかレストランをつくろうと計画中です。新幹線の岡山駅からも近いので、皆さんに来てもらい、楽しんでもらえたらと思っています」

宮下専務は、お父さんである社長が始めたビール事業をしっかりと引き継ぎ、さらに発展させていきそうな予感。いや、これだけおいしいビールなら、地元だけでなく全国的にも売れるでしょう。ビアレストラン、ぜひとも成功させてもらいたいものである。


外観*.jpg宮下酒造株式会社
創業大正4年(1915年)
年間製造量 2000石(日本酒・リキュール)500石(焼酎)200kl (ビール)
岡山県岡山市中区西川原184
TEL086-272-5594
http://www.msb.co.jp/


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