酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/出羽桜

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 将棋の駒とさくらんぼで有名な、山形県天童市に到着すると、駅には出羽桜の蔵元、仲野益美さんが出迎えに来てくださった。女性のような名前だが、じつはちょっとメタボちっく(失礼!)な男性。先代の社長が長野県の蔵元・真澄さんの酒造りとポリシーに心酔していたことから、命名されたという。
 
 仲野社長に連れられて行ったのが、「味肴 すずしろ」というお店だった。私のために、わざわざ山形の郷土料理を用意してくれたという。感激だ。えごの酢味噌和え、ひょうの煮物、青菜(せいさい)の漬け物、納豆汁、玉こんにゃくなどが並ぶ。玉こんにゃくは、スルメを入れて醤油で煮るのが地元流だとか。スルメと一緒に食べる玉こんにゃくは、しっかり味がしみていて旨い!
 
 仲野社長は料理に合わせるお酒も用意していた。乾杯は、微発泡の「とび六」で。吟醸の濁り酒だが、炭酸が爽やかで、全然甘くなくサッパリしている。「濁りは甘い」という概念が、いい意味で裏切られる酒だ。出羽桜の看板商品である「桜花吟醸酒」は、さすがにきれいで安定感がある。純米吟醸酒「出羽燦々」は、やや骨太な酸がありながら、柔らかい。冷蔵庫でじっくり熟成させたという「雄町」は、骨格のしっかりした雄町らしい酒。コクもあるがキレも良い。そして、待ってました「大吟醸」!これはもう、華やかな含み香、甘み、ふくらみがあり、欠点のない素晴らしい酒であった。

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 この日のために吟醸酒ばかりそろえたのかと思ったが、出羽桜は30年近く前から地元で吟醸酒を売っていて、全体の7割が吟醸酒というから、立派な「吟醸蔵」なのだ。「吟醸酒だからといって、普段飲めない酒では意味がない。うちは価格が安いのも自慢です。『桜花吟醸酒』は、昭和55年の発売当初、『一級酒より安い吟醸酒』がキャッチフレーズでした」と仲野社長は胸を張る。しかも、造りはオートメーションではなく、米から貯蔵までこだわりぬいた手造りだというではないか。いったいどのように造っているのだろうか。

どれだけ米や麹に接することができるか

 翌日の早朝、仕込みの準備が始まった蔵の中で、仲野社長が待っていた。出羽桜では、杜氏さんも、20人いる蔵人さんも、全員地元の人間だ。それ以外に、農学部を出た若手社員が5人、合議制で造りにあたる。彼らは一人一本ずつ担当するタンクをもち、お互いに競い合う間柄でもある。仲野社長も毎年大吟醸のタンクを1本預かり、なんと昨年は金賞を受賞したという。
 
 年間8,000石もの製造量があるので、米を蒸すのは連続蒸米機かと思いきや、和釜に乗った甑から蒸気が上がっていた。今でも、かたくなに和釜で蒸すことにこだわっている。「甑に接する米は柔らかくなってしまうので、一番下は留めの掛け米、大吟醸は一番上で、甑に触れないように盛っています」と仲野社長。こうした細かい気配りが、良い蒸し米を作るのだ。

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 蒸し上がった米はスコップで掘り出され、木桶で担いで放冷機に運ばれる。麹米は手で運び、エアシューターは使わない。「造り手が米や麹にどれだけ接するか、そして、振り返り次に生かしていくことが重要なので、うちでは運搬も手作業です」と仲野社長。麹室にもまったく機械はなく、吟醸酒はもちろん、スタンダードの麹造りも4人の蔵人さんが毎日泊まり込んで作業をするという。「中に種麹を食い込ませるためには、釜場で吸った水分をいかに飛ばすか。柔らかければ麹室の温度を上げ水分を飛ばし、種麹の量も調節します。だから、種切りは放冷機の上ではなく、すべて麹室でやるのです」
 
 仕込み室へ行くと大きなタンクはなく、仕込量は最大でも2.5トンまで。3トン以下なら人の手で櫂入れができるからだという。ここでも手造りを貫く姿勢がうかがえる。きれいな酒質をめざしているため、酒母はすべて速醸もとで、酵母は小川酵母、山形酵母を中心に使っている。
 
 ほとんど機械らしいもののない蔵の中で、見慣れぬ機械があった。「この装置の担当です」と仲野社長から紹介された、若い蔵人さんから説明を聞く。これは出羽桜が三菱レーヨンと組んで、オリジナルに開発した「脱気装置」で、お酒に含まれる酸素を取り除いてくれるという。この装置のおかげで、酸化によるヒネ香、ムレ香がなくなり、造りたての状態で生酒を出荷できるようになった。

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 似たような装置は大手も使っているが、それは酵素も取り除くほど強力で、味も取り除かれてしまう。出羽桜の装置は、いらない酸素だけを取り除くので、お酒の劣化を防ぎながら、味はそのままなのだ。なかなか画期的な装置である。

全量を冷蔵貯蔵できる能力


 次に、別の敷地にある「天空蔵」に案内された。ここには精米所がある。出羽桜では、8,000石を全量自家精米しているというからすごい。米はまず、精米機にかける前に、米選別機にかけ、青米や未熟米などの不良米を取り除く。自社で米の選別からやっている蔵は希である。
 
 選別された良い米だけを、3台ある最新式の精米機で、低温で時間をかけて割れないように精米する。平均精米歩合は52%と高精白。精米後は、米の種類ごとに通気性のある袋に入れ直し、時間をかけて失った水分を戻す。磨いたばかりの米は熱を持っているため、すぐに水に入れると割れてしまうからだ。大吟醸クラスの米で1ヶ月、55〜60%で20日、65%でも14日は袋に入れて、枯らしておくという。

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 天空蔵には、精米所のほかに大型冷蔵庫もあった。出羽桜の生酒貯蔵能力は、マイナス5度で最大10,000石、全量を貯蔵できる計算だ。「もちろんその能力があるというだけで、現実には全てマイナスでは貯蔵していませんけどね。天空蔵だけではなく、他に冷蔵コンテナなども入れて、合11カ所に冷蔵庫が点在しています」
 
 出羽桜のすべての吟醸酒は氷温管理し、瓶詰め後、1本1本湯せんする。これは、普通の蔵では鑑評会の出品酒にだけ使われる、瓶燗という方法だ。「鑑評会用の酒でいいところは、常にほかの酒に応用しています」と仲野社長は言う。その後、マイナス5度で半年から3年貯蔵して出荷する。つまり、出羽桜の火入れの吟醸酒は、すべて一回火入れの生貯蔵酒なのである。

 「ほとんどの酒を、低温で管理しているので、生酒比率は高いですね。搾りたても熟成もありますが、特定名称酒の4割は生ですし、吟醸酒の火入れは生貯蔵酒。スタンダードな酒にも低温熟成の商品がある。酒の熟成は年齢と一緒で年を重ねることはできても、若く戻すことは出来ない。だから、冷蔵庫の能力には余裕が必要なのです」
 
 次に向かったのは「山形蔵」と呼ばれる第二工場であった。これまで見てきた本社蔵は、まったくの手造りだったので、もしや山形蔵は完全オートメーションの工場なのでは? と想像していたのだが、着いたのは、本社蔵よりこぢんまりとしていて古い酒蔵だった。
 
 平成2年から出羽桜の「山形蔵」として酒造りを始めたという。いろいろな蔵に足を踏み入れたことのある私だが、この蔵はすごく気に入った。居心地が良く、蔵全体にいい「気」が流れている感じがしたのである。中には和釜と甑、槽2台、小仕込みのタンクが並んでいた。鑑評会用の斗瓶から、いいところを飲ませてもらう。旨い! 鑑評会には山形蔵からも出品しており、本社蔵と合わせて、平成9年から連続12回金賞を受賞しているとのことだった。現在12年連続金賞を続けている会社は全国で2社のみである。また、今年はIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)の純米吟醸・純米大吟醸部門で最高賞のトロフィーを受賞している。また、「吟醸を世界の言葉に」の理念のもと輸出にも力を入れており、現在20カ国30都市に向け出荷され世界の人々に愛されている。

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 本社蔵へ戻り、併設の出羽桜美術館を見せてもらった。先代社長の仲野清次郎氏が蒐集した美術品が展示されているが、とくに新羅・高麗・李朝期の陶磁器が素晴らしい。また、分館の、斎藤真一心の美術館では、先代社長と親交のあった斎藤真一画伯の絵画が展示されている。駅から徒歩15分と近く、入場料も安いので、天童に来たらぜひ立ち寄りたい場所である。

 「美術館は、地元に何か還元したいとうことでつくりました。地元で愛され飲まれるのが地酒の基本。うちは地元比率も60%ですし、手に取りやすい価格設定にしている。だから、地元で一番吟醸酒を売っている蔵ではないでしょうか。出羽桜が絶対になりたくないもの、それは『幻の酒』ですね(笑)」
 
 気軽に飲める酒の中に、じつはたいへんな努力と知恵の結晶が詰まっている。そんな事実を、出羽桜を見に行って、あらためて思い知らされたのであった。

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出羽桜酒造株式会社
創業明治25年 年間製造量8000石
山形県天童市一日町1-4-6
TEL 023-653-5121
http://www.dewazakura.co.jp [ch0]

1味肴すずしろ 天童市老野森1-16-13 TEL 023-651-8373
2えごの酢味噌和え
3湯気を上げる甑
4スコップで蒸し米を掘り出す
5蒸し米を担いで運ぶ
6もろみの櫂入れ
7酒母室
8槽場で搾りたてを利き酒。旨い!
9オリジナルの脱気装置
10麹室で種切りをする
11麹蓋の積み替え
12精米所と冷蔵庫のある天空蔵
13米の選別機
14精米機
15山形蔵
16出羽桜美術館
17斎藤真一心の美術館
18出羽桜のお酒
19仲野益美社長とともに

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