JR枕崎線の終点、枕崎の駅は、ホームだけしかない無人駅で、寂しい限りだった。かつては立派な駅舎とバスロータリーがあったはずだが、どうしたことか。枕崎線は、海岸線をのんびりと走る素晴らしい列車なのだが、車社会の繁栄の影で、地元ではひっそりと忘れ去られようとしていた。
薩摩酒造の明治蔵は、駅から車で数分。ここで造られているのは看板ブランドの「さつま白波」ではなく、伝統のかめつぼ仕込みで仕込んだ特別な芋焼酎ばかりである。ここを訪ねるのは二度目。以前訪ねたのは7〜8年前、まだ森伊蔵が騒がれ出した頃で、焼酎ブームのはるか前であった。
鰹と芋焼酎の夜は更けて
明治蔵に着くと、当時から明治蔵の館長だった松下治さんは、変わらず私のことを覚えていてくれた。併設の地ビールレストラン「花渡川ビアハウス」で、再会を祝して乾杯! 飲むのはここで造っているサツマイモビールである。「せっかくなのでいろいろ飲んでください」と3種類のビールが出てきた。
まず、芋焼酎の原料でもある黄金千貫で造った「ゴールド」から。ライトなピルスナータイプだ。次に芋をローストして仕込んだ「ブラック」を。おお、これはサッパリとして飲みやすい黒ビールである。最後は紫芋で仕込んだ「パープル」。ビールにしてはやや甘いが、苦みが苦手な人にはおすすめだ。
枕崎といえば、鰹節の産地である。そのためつまみは鰹づくし。鰹の刺身にはじまり、鰹の塩から、なまり節に味噌を添えた鰹味噌、そして、鰹のトロは「腹皮」といって、鰹の鰹節にならない部分を使って、塩焼きにしている。これが抜群に旨い!芋焼酎のお湯割りに、もってこいのつまみである。
途中から、明治蔵に勤務する女性スタッフや、杜氏の宿里道夫さんも混じってカンパ〜イ! 宿里さんは、黒瀬杜氏。春から夏は、海辺の段々畑を耕し、冬は芋焼酎を造り続けて50年。そのうち30年を薩摩酒造で過ごしている大ベテランだ。明日は伝統のかめつぼ仕込みを見せてくれるという。
「こういう宴会のことを、鹿児島では『飲ん方(のんかた)』といいます。反対に家で晩酌することを『ダレヤメ』という。こちらの言葉で『疲れたね』というのを『ダレたね』というのですが、『ダレヤメ』というのは『疲れを癒す』というような意味です。芋焼酎は、ダレヤメの酒、疲れを癒す酒なのです」と松下さん。
そのうち割り箸を折って、「なんこ」が始まった。「なんこ」とは、3本の短い棒を手に握り、相手の手の中にある数を当てるゲーム。1本を「天皇陛下(一人しかいないから)」、2本を「げたんは(下駄の歯)」、3本を「げたんめ(下駄の目)」などという。負けた人は、酒を飲まなければいけない。松下さんと勝負したが、百戦錬磨の松下さんに勝てるはずがなく、だいぶ飲まされてしまった。
その後は居酒屋「枕海(まんかい)」へ移動。ここで鰹一本さばいてもらう。新鮮なさしみはもちろん、ハラミの塩ゆでが旨い! 「黒白波」のお湯割りがすすむ。さらに「枕海」で知り合った人も含め、みんなでカラオケになだれ込んだ。受付カウンターには「薩摩白波」のボトルがズラリ。さすが鹿児島、さすが枕崎だ。「白波」のお湯割りを飲みながら、カラオケを歌いまくり、夜は更けるのだった。
完全手造りかめつぼ仕込み
翌朝7時から、さっそく出麹の作業に立ち会う。麹室から麹蓋に入った麹を外に出すのだ。明治蔵では全量蓋で麹を造っている。麹を食べさせてもらうと、硬くて酸っぱい。日本酒の甘い麹とはまったく違う。
酵母と水の入ったかめの中に麹を投入するのが一次仕込みだ。仕込み室には89個のかめが並ぶ。かめは土の中に埋まっている。床は衛生上コンクリートになっているが、その下は、シラス台地の砂だ。こうして埋めておくことで、かめは熱しにくく冷めにくくなり、温度差がなくなるという。
出麹が終わったら、米洗いの準備。米は手洗いだ。冬は水が冷たすぎるのでお湯を混ぜる。温度を計りながら30度に調整。「冷たいと発酵が遅くなる。うちは全量かめつぼ仕込みで、量が少ないから温度がだいじなのです」と宿里さん。
米洗いが始まった。米120キロを手で洗うのは重労働。4回ほど洗ったら、木桶の中へ。木桶の水の出口に杉の葉が敷いてあるのは、水切れを良くするためだとか。そのあと木の甑に移す。甑に蒸気が入ると、45分で蒸し上がる。
蒸し上がった米は水分が36%くらい。「柔らかいと酸度が少ないし、ハゼ込みも悪い」と宿里さん。40度で種をかけて、36度で引き込む。麹室の外で種をかけるというので待っていたら、ふるいでふるのではなく、茶色っぽいかたまりをドサッと蒸し米にあけたから驚いた。これが種麹だったらしい。それを米に混ぜ込み、揉み込むようにして種かけは終わった。なんだかワイルド。
次は二次仕込みだ。米1:芋5の割合で仕込む。樽2つに蒸した芋を積んできて、ひとつひとつかめに入れていく。ほかの人たちはひたすら櫂入れだ。芋は蒸して温かいまま投入。30度くらいで仕込む。量は計量するわけではなく、目分量。蔵子さんにきくと、「だいたい経験でわかる」とのこと。「計量なんかしてたら仕事にならん」と言われてしまった。
こうして麹が2日、一次もろみが6日、二次もろみが10日でできあがり、米洗いから蒸溜までが18日となる。温度管理は櫂入れのみ。もろみは、仕込んだばかりはじっとしているが、発酵してくるとあふれることもあり、発酵中、上がったり下がったりを繰り返すという。
明治蔵には、ステンレスの蒸留器が5基、木桶蒸留器が2基あった。1回の蒸溜でだいたい2時間半かかる。この日は蒸溜もしていたので、まず蒸溜したての初溜を見せてもらった。見かけは透明。香ばしい香りで、グラッパみたいだ。アルコール度は70度。一時間後に利き酒させてもらうと、今度は濁っていて芋の香りと甘みが出ていた。アルコール度は43%くらいだ。終わりの頃に利き酒させてもらったのは、14%の末だれ。かなり芋の味が濃く出ていた。
ちなみに蒸溜のはじめでとるのを上ぼん酒、終わりでとるのを下ぼん酒という。ウイスキーは、初溜と後溜はかなりカットして、真ん中のいいところしか使わないと聞くが、焼酎は初めから最後のほうまでまんべんなく使うようである。白波の場合、最後は12%くらいで切るというが。蒸溜のどこを使うかで味が変わってくるのも焼酎のおもしろさだ。
明治蔵には見学コースはあるし、充実した試飲販売所も完備している。私も少し試飲させてもらった。「手造り明治蔵 黄金千貫」は、コクと甘みがあり、キレもいい。「手造り明治蔵 紫芋」は、黄金千貫と比べて飲むと面白い。やや甘みが強く、芋らしさが出ている。
「杜氏の里 木桶蒸溜」は、まろやかで優しい味。「さつま白波明治蔵」は、香ばしくてガツンとくる味。「酒の手帳」は、酸がありコクもある。江戸時代の製法を再現して造った「蕃薯考」は、スッキリしていてマイルド。一次・二次仕込みを一緒にしてしまう「どんぶり仕込み」で仕込んだ「明治の正中」は、スッキリしていてライトだ。
「さつま白波明治蔵」や「酒の手帳」は、男性的でごつい酒なので、芋焼酎大好きな人がお湯割り飲んだらいいのではないだろうか。逆に、「蕃薯考」と「明治の正中」は酸も高くスッキリしていて飲みやすいので、ロックか水割りがいい。女性にも好まれ、とくに「明治の正中」は、酒の飲めない私の母がハマッてしまったくらい、旨い酒である。
取材の終わりに松下さんと、いろりで黒ジョカをあたためつつ、お湯割りを飲む。「焼酎は分析すると、いろいろな成分が入っているのです。とくに、澱や濁りになる脂成分は、旨味成分でもある。だから、前の晩に割り水をしておくと、水と脂がうまくなじんでおいしくなるのです。とくにかめつぼ仕込みは、かめひとつひとつ味が違うので、それらを混ぜることで複雑な味わいが生まれるのです」
ほんとうに、こうして黒ジョカをあたためて、お猪口で飲む芋焼酎は旨い。明治蔵の焼酎は、味わって飲むものばかり。酔うための酒とは根本的に違う。芋焼酎のトップメーカーとして、伝統技術をしっかり継承している薩摩酒造の良心を見た思いだった。
薩摩酒造・明治蔵
創業昭和11年 年間製造量500キロリットル
鹿児島県枕崎市立神本町26番地
TEL 0993-72-7515
http://www.satsuma.co.jp
1花渡川ビアハウス TEL0993-72-4741
2鰹の腹皮の塩焼き
3麹室で出麹の作業
4出来上がった麹
5麹をかめに投入(一次仕込み)
6木桶蒸留器
7米洗い
8甑
9蒸し米に種麹を混ぜ込む
10蒸し上がった芋を粉砕
11かめに芋を投入(二次仕込み)
12仕込みの間はつねに櫂入れ
13試飲販売所
14明治蔵のこだわりの焼酎
15宿里杜氏とともに
16松下治さんとともに