新幹線の駅といっても、こだましか停車しないので、新岩国の駅前は閑散としていた。そのすぐ裏手にあるのが金冠黒松の蔵である。驚くのは、門のところに見たこともない、巨大な杉玉がつるしてあることだ。
「この杉玉は、直径5メートル、重さ3トンで、世界最大です。創業50周年の記念行事として、社員が力を合わせて手作りしました。今、ギネスブックに申請しているところです」と蔵元の村重雅崇さんが説明してくれた。
また、仕込み水の井戸もあり、誰でも自由に汲めるようになっていた。「仕込み水は超軟水です。以前は岩国の市内に蔵があったのですが、水と環境がいいということで、こちらに移転してきました」
そして案内されたのは、蔵人さんの休憩所。キッチンとテーブル、奥の畳敷きの部屋には、なぜかフィットネジムにあるようなトレーニングマシンが置いてあった。なんでも杜氏さんの趣味らしい。あとで聞いたところによると、杜氏さんはTBSテレビの「サスケ」に出演したこともある「肉体派」だった。
この部屋に集まってきたのは4人。杜氏の日下(ひのした)信次さん、蔵人の福光寛泰さん、浦野龍也さん、五十嵐友亮さんだ。皆さん、冬場は蔵に泊まり込み、ここで合宿生活をしているという。
テーブルに猪鍋が置かれ、宴会が始まった。これは養殖の肉ではなく、山で猟師さんが捕ってきた野生の猪だそうで、野趣あふれる味わいだ。とくに脂身が旨い。鍋に合わせるのは、「八號酵母」というお酒。ヨーグルトのような酸があり、食事によく合う。こちらは60%精白のものだが、80%精白のものをお燗にしてもらった。より酸がありスッキリしていて燗上がりする。
あらごししただけの、「純米にごり」もいただいた。甘くなく、スッキリしていて旨い。さらに普通酒のお燗が出てきた。お、こいつはいい。スイスイ飲める、いい酒だ。金冠黒松では、普通酒でも麹米は酒米を使っているという。贅沢な造りである。
どの酒にも、旨味がありながらきれいな酸が出ていて、流行りの味だと感じた。でも全国的にはほとんど知られていない。なんとも、もったいないことである。
原料処理は手を抜かない
翌日は、朝から蔵見学。小さな甑で米を蒸し、スコップで掘り出した米を、手で運んで自然放冷をしていた。このようにするのは、大吟醸の掛け米だからである。甑がずいぶん小さいと思ったら、普通酒用には大型の甑があり、麹米や吟醸などはすべて小さい甑を使っているという。「甑は小さければ小さいほどいいですね。とくに麹米は、甑肌ができづらいので、良い麹ができます」と日下杜氏は言う。
大吟醸は箱麹だが、そのほかは、回転式の製麹機を使う。この日は、1つの製麹機で2つの麹を同時に造っていた。半自動だから、このような使い方もできるのだ。円板がゆっくり回転しているところに、エアシューターで麹が引き込まれてくる。麹室では種付けしない。放冷機で麹を振り、エアシューターを通した方が、均等に胞子がついて良い麹ができるというのだ。
酒母室では、福光さんが大吟醸の酒母の汲みかけをやっていた。酒母タンクが小さく、汲みかけ機が入らないので手作業なのだ。大吟醸は自然放冷をするのだが、そのとき米を広げる場所がないということもあり、500キロの仕込みにしている。それで酒母の仕込みも小さくなるのである。
仕込み室では、五十嵐さんが一人黙々と櫂入れをしていた。最大で2.4トンの仕込みだ。縦型の大きな甑で蒸された米が、放冷機を通り、エアシューターで飛ばされてくる。甑と放冷機には、浦野さんがついていた。
日下杜氏は、米洗いと搾りを同時にやっていた。搾りはヤブタが一台あるが、吟醸以上の酒は、全部つるして搾るそうだ。米洗いは、大きいものは自動で洗い、すべての麹米と吟醸以上の米は手洗いである。
掛け米は、米の栄養分が流れてしまうので、洗いすぎないようにし、反対に麹米は表面に糠がついていると胞子がねばりつくので、きっちり洗うのだとか。米洗いの場所には、水温と浸漬時間と吸水率が、米ごとに細かく書いてあった。
日下杜氏に「酒造りで一番気を遣うことは?」と聞くと、「原料処理が一番で、あとは仕込み温度です」という答えが返ってきた。原料処理をきっちりすれば、あとが楽。また、人間の体温が1度2度違うときついように、酵母も温度が違うときつい。だから仕込み温度は1度でも合わせるように気を遣うという。
「でも、原料が悪ければどうしようもない。うちは普通酒の掛け米以外は、すべて酒造好適米で自家精米しています。その点は恵まれていますね」
仲良く楽しい酒造り
日下杜氏は、21歳から酒造りを始め、28歳で杜氏になった。当時は日本最年少の杜氏として注目されたが、ものすごいプレッシャーだったという。
「私の役目は、楽しく仲良く酒造りするには、どうしたらいいか考えることです。半年間、家族同然の仲間ですから、言いたいことが言い合える間柄になることが大事。だから休憩時間なども、コミュニケーションを欠かしません。そうすれば、失敗も報告し合って、早めの対応ができる。失敗を隠したり、言えない雰囲気というのが一番いけません」
昨日も感じたことだが、たしかに金冠黒松の造り手さんは、みんな仲良く和気藹々としている。酒には造り手の気持ちがこもるから、こういう酒は、飲み手も安心して飲める。
蔵の片隅に、オーク樽が並んでいるのを見つけた。聞けば、日本最古の酵母「サッカロマイセス・エド」で仕込んだ酒を、4年間寝かせているのだとか。飲ませてもらうと、まろやかな酸があり、まるでドライシェリーのようではないか。まだ商品化していないが、今後が楽しみな酒である。こうした「遊びの酒」を造れる雰囲気も、造り手にとって好ましいのではないだろうか。
「この蔵は、まだできて50年の新しい会社なので、いろいろなことにチャレンジできる。酒質としては、食事に合う酸の高い酒を目指していますが、普通酒も地元の酒として、大事にしていきたいです」
敷地内には、立派な試飲販売所や、酒造りの工程が見られるビデオルームも完備していて、土日でも対応してくれる。インターチェンジや新幹線の駅からも近いので、近くの方は立ち寄ってみてはいかがだろう。とりわけ世界一の杉玉は、一見の価値ありである。そして、購入した酒は、ぜひ食事に合わせて飲んでほしい。きっと、その爽やかな酸に酔いしれることだろう。
村重酒造株式会社
創業昭和34年 年間製造量850石
山口県岩国市御庄5丁目101-1
TEL0827-46-1111
http://www.kinkan-kuromatsu.jp
1甑
2蒸し取り
3自然放冷
4麹の引き込み
5酒母の汲み掛け
6仕込み室
7洗米機
8洗米
9吸水率などが柱に書いてある
10世界一の大杉玉
11金冠黒松のお酒
12杜氏さん、蔵人さんとともに