「飛良泉」は、秋田の酒のなかでも好きな酒である。山廃で仕込まれた骨太で辛口の酒質は、女性的と評される一般的な秋田の酒とは異なっている。山の中の蔵だと勝手に想像していたが、行ってみたら、日本海に面した漁港の近くにあった。海に近いので、仕込み水はミネラルをたっぷり含んだ硬水。この発酵力のある水が、酒母に乳酸菌を添加せず、自然のままに造る山廃仕込みにぴったり合っているのだという。
取材前夜、飛良泉本舗の営業部長竹田直樹さんと、社長の斎藤雅人さんが、蔵近くのお店に案内してくれた。「キッチンさかなやさん」という小さな店。入ると、魚を売っているごく普通の魚屋さんだ。すぐ裏手の平沢漁港にあがったばかりの、活きの良い魚が自慢の店である。奥に座敷があり、気に入った魚を調理してもらい、ここで食べることができるようになっている。
座敷に飛良泉のお酒を持ち込み、宴会が始まった。「うちの酒は、料理と合わせて飲んでもらいたいので、どんどん飲んでください」と斎藤社長。そう言いつつ、ご本人はビールをチェイサーにガンガン飲んでいる。これは大変、このペースについていかないと……。
まず「大吟醸」から。フルーティーでスッキリしている。これは、「飛良泉」では数少ない速醸もとである。主力商品である「山廃純米酒」は、スッキリ系の山廃。ゴツくないので飲みやすい。「長享」は、「うちの創業年の年号なのです。山廃純米の中で最もできの良いものにこの名前をつけようと思っていたのですが、ようやく納得のいくものができました」と斎藤社長が言うだけあって、コクと甘みがあり、複雑な味わいだ。秋田酵母No.12で仕込んだ「山廃生酒」は、バナナっぽい香り。コクがあって旨い。
つまみはハタハタの干物や刺身の盛り合わせ。秋田の中でも、ハタハタの来る港は限られていて、ここと男鹿半島なのだとか。もう少し早い時期なら、もっと大きくて卵もついているというが、私としては、めったに食べられないハタハタに大感激だ。刺身はソイ、ヒラメ、甘エビ、ハマチ、イカ。とくにソイの刺身がプリプリもっちりしていて旨い。
やがて、ここでしか食べられないガサエビというのが出てきた。塩焼きにしたものを、殻ごとバリバリと食べる。殻の旨みと身の甘みがなんともいえず旨い!「ガサエビは刺身も旨いんですよ」と斎藤社長は言い、店の主に注文すると、「今活きの良いのが店にないから、ちょっと浜へ行ってくる」と主は店を出て、すぐ戻ってきた。見れば、まだガサガサと動いているガサエビを持っているではないか。このとれとれのガサエビを刺身にしていただく。う〜ん、めちゃくちゃコクがあって甘い!
「これもちょっと味見してください」と言われるまま、山廃純米の粕取り焼酎(42度)を飲む。おお〜、これは私の大好きなグラッパみたいだ。焼酎なのに、日本酒のような甘い香りがして、すごくおいしい。料理はノドグロの塩焼き。脂がのっていて、上品なお味。
飛良泉のお酒は料理に合うし、飲み飽きしないのでつい飲み過ぎてしまう。さすが飲んべえの斎藤社長が造った酒だ。こうして最後のざっぱ汁(あら汁)を飲む頃には、すっかり酔っぱらっていたのだった。
樹齢500年の大欅が守る
飛良泉本舗はもと廻船問屋で、地元の殿様にも金を貸したほどの大庄屋だった。創業520年、現在の斎藤社長で26代目。秋田では最古の、全国でも3番目に古い造り酒屋である。
日本酒がもっとも売れた昭和47年頃でも大量生産をせず、明治以来の山廃仕込みを手造りで守り続けてきた。営業も宣伝もしなかったが、昭和60年に日本名門酒会に入ったことがきっかけとなり、地酒ブームに乗って一躍全国区の銘柄になった。平成2年のピーク時で3900石も造っていたという。現在は、13人の蔵人さんが、2100石を造っている。
重厚な蔵は明治元年に建てられたもの。中庭にまわると、樹齢500年の大欅がひときわ目を引く。この欅のおかげで、蔵の中は夏でも涼しい。天然のクーラーとして、冷房設備のない頃から蔵を守っていたという。
庭にはまた、大正元年に建てられた神社があり、お稲荷様と弁天様、そして酒の神様である松尾様が祀られている。2年の歳月をかけて地元の大工に作らせた立派な神社は、大店として栄えた斎藤家の歴史を物語っている。
では、造りを見せていただこう。米は全量自家精米。蔵から少し離れた場所に精米所があり、最新鋭の精米機2台で米を磨く。仕込みは基本的に2トンの日じまい。吟醸の仕込みは750キロか1トンである。蒸し米は、甑からクレーンでつり上げて取り出す。エアシューターを使うのは掛け米のみ。麹米は、麹室までかついで持っていく。麹室は充分な広さの室が4つもあり、その中のひとつには、「杜氏さん」という製麹機も入っていた。麹蓋は吟醸用だ。普通の麹は出麹まで48時間だが、一部の吟醸麹は70時間もかかるという。
仕込み室の一角に、山廃の酒母タンクが並んでいた。雑菌のない純粋な酒母を造るためには、乳酸の力が必要だ。乳酸を添加して造る速醸もとなら2週間でできるが、山廃もとでは乳酸を自然に生成するため、30日間もかかる。
山廃もとの乳酸は酵母を受け付けるが、亜硝酸は酵母を受け付けない。温度を上げ下げしながら、亜硝酸が生成され、そして消えるのをじっと待つ。その後酵母を添加することで、雑菌を殺し、自然の乳酸菌を含んだ山廃もとができるのだ。
今年、ふと「亜硝酸に強い酵母はないか?」と探してみたところ、ポツンとひとつ見つかったのだという。それを培養して、蔵つき酵母の酒を造る予定だ。どんな酒ができるか楽しみである。
安定供給を目指して
最後に、昨日飲んだお酒も含めて、あらためて試飲させてもらった。山田錦を35%まで磨いた「純米大吟醸」は、華やかでフルーティー。大吟醸の王道を行く酒だ。7号酵母を使った「山廃純米」は、甘みと旨みがありながらキレも良い。これをお燗してもらうと、スッキリしてさらに飲みやすくなるではないか。何度飲んでも良い酒だ。
多酸系酵母を使った「山廃純米 生酒」は、たしかに酸っぱいのだが、きれいな酸が出ていておもしろい酒に仕上がっていた。これはけっこう好きかも。四段仕込みの「囲炉裏酒」はお燗用。温めると、やさしい味わいでスイスイ飲める。ほっこりと落ち着く酒だ。
アルコール度42%の焼酎、「吟醸粕取り焼酎」は、飲むとフワリと吟醸香がして、甘みがあり華やか。昨日の「山廃粕取り焼酎」が男性的だとしたら、女性的な味わいのグラッパという感じだ。年間3000本限定なので、発売早々売り切れてしまうという。
どの酒も「飛良泉」ならではの個性があり、一度飲んだら「もう一度飲みたい」と思わせる力がある。さすがに一時期ブームになった酒だけのことはある。
「飛良泉」は長年、宣伝も営業もしないという方針だったが、10年ほど前からは、積極的に営業もするようになった。おかげで売り上げは伸びているが、「売り切れ続出ではメーカーとして申し訳ない。特定名称酒をきちんと安定供給できるようにしたい」と斎藤社長は言う。
日本酒の世界には、時としてスター的な銘柄があらわれるが、安定供給できないために、「幻の酒」になってしまい、結局大きな日本酒ブームになりえない。そんな状況を何年も見てきた私は、斎藤社長の考え方には大いに共感する。「飛良泉」が次の日本酒ブームの火付け役になるのか、期待をこめて見守りたい。
株式会社飛良泉本舗
創業長享元年(1487年) 年間製造量2100石
秋田県にかほ市平沢字中町59
TEL0184-35-2031
http://www.hiraizumi.co.jp/
1キッチンさかなやさん
秋田県にかほ市平沢字中町87-2 TEL0184-35-2388
2ガサエビ
3蔵の入口にはウミガメの甲羅が
4蔵を守る大欅
5甑
6蒸し取り
7精米機
8麹室
9麹蓋の積み替え
10麹
11櫂入れ
12粕取り焼酎の蒸留器
13飛良泉のお酒
14斎藤社長とともに