酔っぱライタードットコム - 造り手訪問/白扇酒造

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あるパーティーで、「食後酒」として供されたお酒を飲んでびっくりした。甘くて複雑な味わいは、まるで貴腐ワインのようなのだ。それが白扇酒造のみりんだと知って、なお驚いた。これはぜひ見に行かなければならない。
 
蔵元の加藤孝明さんに連絡すると、清酒の造りを終えて蔵の中をいったんきれいにしたあと、みりんを造るという。私が訪ねたのはみりんの造りが始まった3月の初めだった。
 

麹から搾りまで完全手造り

 みりんの仕込みは早朝6時から始まる。白扇酒造では、2000石のみりんと1500石の清酒を9人で造っている。ほかに、上槽と濾過の係が2人いるので、合計11人。全員社員だ。みりんが終わると焼酎造り、そして梅酒の仕込み、そのうちまた清酒の季節がめぐってくる。白扇酒造の1年は忙しい。
 
加藤社長に連れられ、麹室へ行く。室にはまったく機械がない。手造りの麹は、加藤社長のこだわりだ。箱の中にぎっしり詰まった麹は、真っ白な菌糸を生やし、固まっている。これをひとつひとつほぐすのは、たいへんな作業だ。
 
「みりんは種麹からして清酒と違います。麹は見ての通り総ハゼ。吟醸麹のつきハゼとは全然違うでしょう? 麹室の温度は低めで、湿度を高めにもっていくとこういう麹ができるのです。清酒の造りから時間をおいて、室の状態をみりん用にするのですが、この切り替えが難しく、初めの頃はなかなか思い通りの麹ができないのが悩みの種です」
 
国産、しかも手造りのみりんはほとんどないのが現実だが、「コストの問題ではなく、江戸時代の古き良き伝統を残したいので、あえて手造りにこだわっています」と加藤社長は言う。
 

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釜場では米が蒸されていた。清酒は甑を使うが、みりんは米の量が多いので、連続蒸米機を使う。みりんの麹米は清酒と同じうるち米だが、掛け米は餅米だ。白扇酒造では、地元飛騨古川産の「たかやまもち」を使っている。
 
精米歩合は85%程度。全量自家精米だ。それをアルコール度41度の焼酎に入れて、糖化、熟成させる。「え?水ではなく焼酎に入れるんですか?」と驚くと、
「そうです。みりんは発酵ではなく糖化と熟成だけなんです。焼酎は、粕取り焼酎や米焼酎など、蔵により違いがありますが、水を使わないのは同じです」と加藤社長。
 
白扇酒造の場合、焼酎は辛口の日本酒を蒸留した乙類焼酎。もろみ温度は25度〜30度である。みりんのもろみは、焼酎が揮発してきつい香りがするので、酒に弱い人は仕込み中に酔ってしまいそうである。
 
もろみの熟成期間は2〜3ヶ月。その後、フネで搾る。ヤブタを使わず、あえてフネで搾るのも加藤社長のこだわりだ。みりんのもろみはエキス分が多く粘りあるので、搾るのに時間がかかる。フナ口から、トロ〜リとみりんがしたたるところを、ひしゃくですくって飲ませてもらう。おお、サッパリとして飲みやすいではないか! これを3年以上寝かせてから、本みりんとして出荷するのである。
 

飲み物だったみりん

 白扇酒造はもともとみりん屋で、明治32年に清酒の造りを始めた。みりんの造りには清酒よりも大量の米を使う。だから昔はみりんのほうが清酒より高価で、とりわけ甘いものの少ない時代には貴重品だった。江戸時代末期には、焼酎で割ったみりんが一般的で、関東では「本直し」、関西では「柳陰(やなぎかげ)」といい、高価な飲み物だったという。現在、「本直し」「柳陰」は、法律上本みりんではなくリキュール扱いになってしまうが、「うちが造らないと、歴史からこれらのみりんが消えてしまう」という考えのもと、白扇酒造では造り続けている。
 
では、まず「本直し」から味見をさせていただこう。これはサッパリとした甘さで飲みやすい。まさに飲むためのみりんだ。旨い! 3年もののスタンダードな「本みりん」は、たっぷりとした甘さでトロリとしている。これを煮物なんかに使ったらたしかに旨そうだ。
 

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私が気に入ったのが、3年ものの本みりんに青梅を漬けた「梅美醂」である。糖をまったく加えておらず、麹の自然な甘みに梅の酸味が加わって、バランス良く絶品だ。10年ものの「古々美醂」も激ウマ! 複雑な風味だが、甘さに嫌みがなくスッキリとしている。私が以前パーティーで飲んだのが、このみりんだった。デザートによく合い、バニラアイスにかけて食べてもおいしいとか。
 
白扇酒造では、「花美蔵」という銘柄の清酒も造っている。餅米で四段仕込みをした純米の「料理酒」は、ダシのような味がする。これで料理を作ったらさぞ旨いだろう。「木桶仕込み」も餅米で四段をかけているのだが、甘酸っぱくて不思議な味わいがおもしろい。
 
京都の吉兆で使われている35%の「大吟醸」は、華やかながら、おさえた香りで品が良い。さすが吉兆の酒。食中酒としてぴったりだ。「うちはみりんを造る関係上、焼酎はふんだんに造りますから、初留もたくさんとれるのです」と言って出されたのが「本格米焼酎 ここ一番」である。これは蒸留を始めて10分間の初留のみを詰めたもの。華やかな香りで、とても飲みやすい。杉樽で貯蔵した「吉野杉の杉樽焼酎」も、まるで日本酒の樽酒のようで、なかなか旨かった。
 
加藤社長は、日本や世界の歴史に造詣が深く、酒造りの話をしていたかと思うと、いつの間にか寺社仏閣に話が広がっているという具合である。当然、みりんの歴史についても詳しい。
 
みりん造りには焼酎を使うので、日本に蒸留技術が入ってきた頃、つまり鉄砲伝来の頃に造られるようになったと言われている。みりんはもともとあった麹文化と蒸留技術が合わさってできた、日本独特のものなのである。
 
はじめはお酒として飲まれていたのだが、江戸時代後期に醤油と出会い、調味料としての道を歩むことになる。みりんの糖分と醤油のアミノ酸によって生まれるツヤ、照り、香り、旨みなどの効果が、その後の日本の食文化を大きく変えたのである。ちょうどその頃外食文化が発達し、店でみりんが使われるようになると、ますます調味料としての地位が確立していった。
 
「その代表格が、うなぎのタレなんですよ。近くにうちのみりんを使っているうなぎ屋があるので、ぜひ行きましょう」と、加藤社長と奥様に連れられ、「加茂う」という店にやってきた。加藤社長もダンディーなのだが、奥様がまた上品で美しいことこのうえない。「お酒が大好き。とくに日本酒が」という奥様は、飲んべえの私のために、「花美蔵」の濁り酒を持参してくれた。この酒が、コクがありながらスッキリしていて、めちゃくちゃ肝焼きに合うのである。
 
食事は、東京ではあまり見かけない「ひつまぶし」を注文。関西風の蒸していないうなぎは、歯ごたえがあって、味付けも濃いめ。しかも、醤油だけでは絶対に出せない、なんともいえない複雑な味わいは、みりんの存在があってこそ。最後にお茶漬けにしても、味が薄まらず、最後までおいしくいただけた。
 
「うちのみりんは江戸時代そのままで、造りも味も変えていません。大量生産のみりん風調味料は、水飴を加えたりしていてみりんとは似て非なるものです。私は手造りのみりんをこれからも造り続けて行きたいと思っています」
 
食の安全が叫ばれる中、世の中は本物志向になりつつある。こうした流れに乗って、ますます高い評価を得ている白扇酒造のみりん。日本の伝統文化として、大切にしたいものである。
 
 
外観.jpg白扇酒造株式会社
創業 江戸時代後期 
年間製造量2000石(みりん)1500石(清酒)
岐阜県加茂郡川辺町中川辺28番地
TEL 0574-53-2508
http://www.hakusenshuzou.jp 
 
 
 
 
1精米所。全量自家精米だ
2固まった麹をほぐす
3麹の切り返し
4連続蒸米機で米を蒸す
5みりんの搾りはフネで
6白扇酒造の日本酒と焼酎
7白扇酒造のみりん
8加藤社長とともに
 

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