木内酒造といえば、今では日本酒の「菊盛」より、地ビールの「常陸野ネストビール」のほうが有名だ。出荷量も日本酒4対ビール6と、すっかり逆転しているという。だがまずは、日本酒の造りを見せてもらおうと、最盛期の冬に水戸へ向かった。
木内敏之取締役によると、水戸駅前のデパートの1階に、直営店があるという。「な嘉屋」という和テイストのおしゃれな店だ。奥のカウンターに陣取り、かけつけにビールを1杯。ハーブの香りがほんのりとする「ホワイトエール」だ。国内外で数々の受賞歴があるビールだけに、味わい深く旨い。ビール好きにはこたえられないだろう。
ややあって、女性蔵人の中村幸代さん、杜氏の矢代健一郎さんも合流。日本酒は4人で1500石を造っているという。あらためて、純米吟醸にごり生酒の「春一輪」で乾杯! これはシュワッと微発泡していて甘みもありつつ、後味スッキリである。「うちはビールをやっているので加圧タンクがたくさんある。だからこういう酒が造れるんですよ」と木内取締役。
木内酒造の日本酒は全量自家精米、全量アル添なしの純米酒のみで、炭素濾過をしない。「それが世界基準ですからね。それに、海外のワイナリーにはレストランや試飲スペースがあり、造った人が『どうだ、この酒は!』と自信をもってすすめている。そういう蔵にしていかないと日本酒はダメですよ」とバッサリ。蔵に人が来るのを拒みがちな日本酒の業界にあって、木内酒造はたしかに異端だ。蔵の中にも直営店があるし、手造りのビール工房もある。人に来てもらうことをいとわないどころか、むしろ歓迎している。
つまみに自家製のワインビネガーでしめたしめ鯖が出てきた。木内酒造では、自社のブドウ畑からとれたブドウでワインもつくっている。そして、そのワインからワインビネガーまで造っているのだ。これには「朝紫」という古代米で造った日本酒を合わせることに。この酒が微妙に甘酸っぱくて、しめ鯖とナイスマッチングである。
一方、「木桶仕込み」は、常陸錦という地元の米と常陸酵母を使い、茨城産の杉で作った木桶で醸した意欲作。飲むとコクがありまろやか。お燗にするとまたさらに旨くなり、純米なのでアルコール臭さもない。これにはこってりとしたチーズの味噌漬けがよく合う。ああ、旨い。
木内酒造ではまた、蒸留酒も造っていて、米焼酎や粕取り焼酎はもちろん、ワインからグラッパを造り、ビールを蒸留したスピリッツもある。とにかくウイスキー以外はなんでも造っている感じだ。とくに「ホワイトエール」を蒸留したスピリッツが秀逸で、ホップの香りがして甘みがありウマ〜い! 「木内の雫」という幻の逸品で、これに梅を漬けた梅酒を最後に飲ませてもらったが、甘すぎず、サッパリとして食後酒にちょうどよかった。
オーソドックスな日本酒造り
翌日は朝から蔵見学である。麹室は2つ。1つは大吟醸専用で、もう1つには天幕式の製麹機が入っている。大吟醸は小箱で造り、夜中も泊まり込みで手入れをする。
仕込み蔵の一角に、大きな吟醸蔵があり、冷房のはいる部屋には750キロ仕込み用のタンクが9本並ぶ。普通酒の比率が極端に少ないので、ほとんどの酒はここで仕込むことになるという。ちなみに普通酒も純米酒で、麹は55%以下のものしか使っていない。
麹室で切り返しの作業が始まった。普通の蔵は、蔵人総出でやるところだが、ここでは2人だけ。フナがけの作業も時間はかかるが2人でやる。「人が少ないでしょう? 大吟醸なんかもっと少ないですよ。というか、ほぼ私一人でやります。人件費をなるべくかけないで、コストを下げているので、良いものをリーズナブルな値段で作れるのです」と矢代杜氏。原料米もほとんど地元の米を使うので、無駄な輸送コストがかからないという。
スタッフは酒造りだけではなく、お酢造りやビール造りもやるし、直営店にも出る。そういうフレキシブルな体制の方が、若い人たちが生き生きと楽しんで仕事ができると木内取締役は言う。
蔵の敷地内には、立派な販売所とおしゃれなバーカウンターがあった。ここでは一杯250円〜550円で試飲ができるという。昨日飲んでいないものを中心に、試飲させてもらった。まず「山廃」のひやおろしを。これは酸があって、ぬる燗にすると最高だ。「しぼりたて」はスッキリしていて飲みやすい。ロックでもおすすめだ。65%まで磨いた鑑評会用の大吟醸「蔵鑑」は、フルーティーでワインのよう!
蒸留酒もあり、25度の「米焼酎」は個性的な米の味わいあり。30度の「粕取り焼酎」は大吟醸粕を使っていて、これが激ウマ! すごくライトなのだが、粕の香りがしてなんともいえず旨いのだ。赤ワインを蒸留して樽熟成したお酒は、ワインぽい甘い風味もあって、フルーティーで旨かった。ワインは赤白ともにまだ若い感じ。これからブドウの木が育ってくれば、さらに良くなっていくに違いない。
海外で引く手あまたの地ビール
今年6月、木内酒造は日本酒の蔵の中にあったビール工場を移転して、大工場を建てた。蔵から車で5分ほどの場所にある工場では、年間700キロリットルを仕込み、アメリカを中心に世界7ヵ国に輸出している。新工場になって、全体の生産量は1.5倍くらいになったが、それでも生産が追いつかない状態で、海外からの新規のオーダーは断っているほどだという。
仕込み装置は5つでワンセット。麦芽を仕込むマッシュタンク、ろ過によって透明な麦汁を取り出すロイタータンク、ホップやハーブを入れ煮沸するケトルタンクが2基、ホップかすなどを分離するワールプールタンクである。ここで出来た麦汁が熱交換器を通して冷却され、醗酵タンクへ移動されるのである。
発酵はほぼすべて上面発酵で、発酵期間は1週間ほど。発酵温度は18〜20度だ。温度は低めの方が、良い香りと味が出るという。発酵タンクから、ホワイトエールの発酵1日目を汲んでもらい、味見。お、これはまだ全然ビールになっていないが、甘みがあって旨い。もうすぐ瓶詰めだというバイツェンも味見。うわ〜、これは飲みやすくて激ウマだ! こんな旨いバイツェンは飲んだことがない。アンバーエールは苦みと甘みのバランスが絶妙で安定した味わい。黒ビールのエスプレッソ・スタウトは、濃くて苦いが、このガツンとくる味が、海外で大人気なのだとか。
新工場建設と同時に、蔵の中にある手造りビール工房もリニューアルし、前より広くなった。ここは個人で好みのビールを造ることができる工房で、私も一度造りに来たことがあるが、酵母も麦芽もホップも、通常商品と同じものを使えるので、すごくおいしいビールができるのだ。ビール好きには広く知られていて、土日は予約が取れないほど盛況だと聞く。
蔵からビール工場が移転した跡地には、今、蕎麦屋ができている。じつはこの店、自社でビール用麦を栽培することになり、その連作障害を防ぐために植えられた蕎麦を活用している。木内酒造では、「金子ゴールデン」という、日本古来のビール用麦を復刻栽培し、原料からこだわった本物の地ビール造りに挑んでいるのだ。
地ビール事業の成功と共に、どんどん新しい事業を展開している木内酒造。お酒の種類にはこだわらずなんでも造るし、直営店も経営。そこで働く若いスタッフは皆楽しげだ。こんなに元気な日本酒蔵があっただろうか。これからもその発展ぶりを、ワクワクしながら見守りたいものだ。
木内酒造合資会社
創業文政6年(1823年)
年間製造量1500石(日本酒)
茨城県那珂郡鴻巣1257
TEL029-298-0105
http://www.kodawari.cc
1「な嘉屋」 京成百貨店パサージュ内 TEL029-302-5959
2甑で米を蒸す
3櫂入れをする中村さん
4蒸し取り
5麹の切り返し
6木内酒造の日本酒「菊盛」
7試飲中
8精米所
9自社のブドウ畑
10ふながけ
11矢代杜氏とともに
12地ビールの新工場
13手造りビール工房
14地ビールの仕込みタンク
15地ビールの発酵タンク
16木内酒造の地ビール「常陸野ネストビール」